東出昌大「脚本には妻がいて妊娠している。原作との大きな違いだが、その脚本が素晴らしかった」『草の響き』舞台挨拶

夭折の小説家、佐藤泰志が1982年に発表した本格的な文壇デビュー作を、東出昌大主演で佐藤泰志の没後30年記念作品として製作した『草の響き』が、10月8日より公開中。このほど、10月9日にヒューマントラストシネマ渋谷にて公開記念舞台挨拶が行われ、キャストの東出昌大、奈緒、そして斎藤久志監督が登壇した。

はじめに、佐藤泰志原作の5度目の映画化に出演することになった気持ちを聞かれた東出は、「原作では僕の演じた和雄は、独身の設定ですが、脚本には妻がいて妊娠している。それが大きな違いですが、その脚本が素晴らしかったです」と出演の理由を明かし、撮影ロケ地となった函館の街の印象については「空が広くて、路面電車が走っていて、少し寂し気なところもある一方、西日の柔らかい光が心に残っています」と口にした。

続けて、原作に登場しない妻・純子の役作りについて問われた奈緒は、「監督には(いわゆる)お芝居をしないでくれとずっと言われていたので、初日からその壁にはぶつかりましたし、純子として(東京を離れて夫と共に)函館にいるっていうことはどういうことなんだろうと撮影中もずっと模索し続けて手探りで過ごした記憶があります」と語った。さらには、役作りのために、撮影前に一人で函館に行ったというエピソードを披露。「タクシーで、色々と函館をまわったのですが、運転手が偶然にも斎藤監督と同じサイトウさんでご縁を感じました(笑)。九州出身の私からすると、北海道の海は印象が全然違いました。一種の神々しさと恐ろしさのようなものを感じて、函館は、人がすごく優しい反面、独りでいる時のさみしさは非常につらいかもしれない。そんな風に純子は函館で過ごしていたのかもしれないと思ったりしました」と語った。

また斎藤監督は、大東駿介演じる和雄の親友、研二と3人で過ごすシーンについて問われ、「あるシーンについて、別の撮影をしている時に、撮影が無い東出さん、奈緒さん、大東さんの3人が集まって俳優たちだけで本読みをやっているのを美術部の人から聞いたりした。函館に合宿しての撮影だったので、ずっと一緒にいる時間があったことは大きかったのでは」と吐露。東出は「監督から言われていた芝居をせず、なるべくナチュラルにカメラの前にいるということを俳優たちはみんな意識していたのではないかと思います」、奈緒は「和雄という役を理解したい私の気持ちと、純子が夫を理解したいという気持ちがリンクしていくなかで、友人役の大東さんがいてくれることで、色々な気持ちに気付くことができました」とコメントした。

最後に、斎藤監督は「この映画にももちろん、テーマがあり、物語はありますが、映画はそれだけではできてないと思っています。例えば走っている和雄の後ろに風景があり風が吹いている。それらが映画を作っているのだと思っています。どうかこの映画に映っている函館の街を5.1CHサラウンドで体感しながら観て欲しい」、奈緒は「私自身、この時にしか撮れなかったもの、それは函館の景色もそうですし、ひとつひとつ奇跡のような瞬間が集まっている映画だと思っています。みなさんの大切な五感でこの映画を受け取って下さったら嬉しいです」、そして東出は「考えるより感じた方がこの映画は深く受け止められるのではないかと思います。きっといい映画です。いわゆる名シーンみたいなものを力を入れて撮っているみたいなタイプの映画ではありません。緩い大河のような、ずっと続いていく日常を定点カメラで捉えたような映画です。だからこその魅力がこの映画にはあります。それぞれが思った大切なものを持ち帰って頂ければ幸いです」とメッセージを贈り、本イベントは幕を閉じた。

『草の響き』
10月8日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷ほか全国公開中
監督:斎藤久志
原作:佐藤泰志「草の響き」
脚本:加瀬仁美
出演:東出昌大 奈緒 大東駿介 Kaya 林裕太 三根有葵 利重剛 クノ真季子 室井滋
配給:コピアポア・フィルム

【ストーリー】 心に失調をきたし、妻とふたりで故郷函館へ戻ってきた和雄(東出昌大)。病院の精神科を訪れた彼は、医師に勧められるまま、治療のため街を走り始める。雨の日も、真夏の日も、ひたすら同じ道を走り、記録をつける。そのくりかえしのなかで、和雄の心はやがて平穏を見出していく。そんななか、彼は路上で出会った若者たちとふしぎな交流を持ち始めるが…。

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