第70回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が4月28日より公開中。本作の大ヒットを記念し、5月5日、ヒューマントラストシネマ有楽町にて、映画評論家の町山智浩によるトークショーが開催された。
町山智浩が登場すると、そのトークを聞くべく詰めかけた観客で満席の場内は、盛大な拍手に包まれた。『ザ・スクエア 思いやりの聖域』には“どういう意味なんだろう?”と思わず首をかしげるシュールで謎めいたシーンがいくつも登場するが、町山はまず、本作の大きな鍵を握る存在でもある“サル”の話からトークを始めた。「実は、1960年代に絵を描くチンパンジーというのが流行ったんです。ネットで、“painting chimpanzee”で調べれば出てくるはず。実際に何匹か存在して、手塚治虫がそれを題材にした漫画を描いたりもしている。ちょうどジャクソン・ポロックを始めとする抽象画が流行っていた時代とも重なっていて、チンパンジーがポロックと似た、キャンバスに絵の具を散らしたような絵を描いたりもしていた。“抽象画なんてサルでも描ける”という皮肉でもあるわけです」と述べ、主人公のクリスティアンが訪れた女性記者アンの部屋を歩き回るチンパンジーのような生き物について、「正確に言うとアンの部屋にいたのはチンパンジーではなくボノボというチンパンジーに近い生き物ですが」と前置きしつつ、「あれは、アートを馬鹿にするという意味合いもあると思います。あのボノボは鼻の先っちょに赤い絵の具をつけていますが、要するに絵を描いているんです。“現代美術なんて、サルでも描ける”ということでしょうね。しかも、クリスティアンは“何でサルがいるの?”と聞くこともしない。どうでもいいわけです。彼がアンに興味がないということがよくわかるシーンですね」と分析した。
続いて、「皆さん、スマホを出してyoutubeで“Oleg Kulik”で検索してもらえますか。一番上に出てきた動画を見てみてください。この人が本当のオレグなんです」と呼びかけた町山。その動画には、裸の男が野生の動物のような動作で周囲の人々に飛びかかる様子が映されていた。オレグとは、本作に登場するパフォーマンス・アーティストの名前。彼がサルに成りきってパフォーマンスを行い、次第に暴走して場を凍りつかせるパーティのシーンは本作で最もスキャンダラスな場面の1つだ。そんな、映画を観た者なら誰もが忘れられないキャラクターであるオレグには、どうやらモデルが存在するらしい。町山は続ける。「“ドッグマン・オレグ”というロシアのパフォーマーが実在したんです。90年代頃から活動していて、素っ裸で首輪をつけて通行人に絡んだり、噛み付いたり、女の人にしがみ付いて盛ったり、そういうパフォーマンスを世界中で行っていた。それで警察を呼ばれたりもしてね。映画では、オレグ役のテリー・ノタリーがもともとサルを演じるのが得意だということでサル人間をやったけれど、実際は“犬人間”だったんですよ。しかも、この人は動物園か農場かどこかに行って、犬とエッチしたり、犬の体勢でおしっこしたり、とにかく常軌を逸したすごいことをするんです」と話すと、会場からは驚きの声が上がった。
「ただ、それだけではなくて、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』という映画に出てくる変なアートは全て実在します。スマホを盗られるというエピソードも実際にあった。そして、コンドームの取り合いも実際にあった。あの場面、一番の謎でしょ?」と町山さんが訴えると、大きな笑いが起きた。“コンドームの取り合い”というのは、クリスティアンがアンと一夜を共にした際、使用済みのコンドームをどちらが処理するかで軽く揉めるという場面である。「監督は“友達から聞いた話だ”と言っていたらしいですが、『フレンチアルプスで起きたこと』の時にも監督は“僕の友達がそういう事態になって”って言っていましたからね。つまりね、これは恐らく、どれも監督自身のことでしょうね!」と大胆に言い切り、客席には更なる笑いが巻き起こった。続けて「ちなみにこのシーンで、監督はクリスティアン役のクレス・バングには“君は絶対にコンドームを渡さない”と伝えて、アン役のエリザベス・モスには“絶対にコンドームを奪う”と告げて撮影したらしいんです。そういう撮影方法だからこそのサスペンスが生まれていたと思いましたね」と、撮影にまつわる知られざる裏話も明かし、さらに「そういえば、クリスティアンがスマホを盗まれるシーンでは、よく見ると実際に女の人がスっているところがしっかり映っているんですよ」と、なかなか一度観ただけでは気づけないポイントを指摘し、「もう一度観ることがあれば注目してみてください」とアドバイスした。
そこからトークのテーマは、リューベン・オストルンド監督の作家性へと移っていった。「オストルンド監督は、影響を受けた人としてミヒャエル・ハネケの名前を挙げていますね。(オストルンド監督の)長編1作目は『The Guitar Mongoloid(原題)』(04)という作品ですが、これは5つのエピソードを全て隠しカメラみたいな撮影方法で映しているんです。少年たちが、道端で置きっぱなしの自転車を発見するたびに蹴ったり潰したり、川に投げたりする様子を映している、とか。『ジャッカス』(※各地で様々なイタズラを仕掛けて回る、過激な内容で知られる米国の人気TVシリーズ)みたいな感じですね。この監督は、そういうところから始まっているんですよ。『The Guitar Mongoloid(原題)』には他にも、1人の男の子と2人の年上の少年がテーブルを囲んで座っていて、男の子だけモザイクがかかっている。少年がテーブルに拳銃を置いて、“ロシアン・ルーレット”やろうぜ!って言い出す。男の子が“嫌だよ”って拒んでも“やろうぜ!”って無理強いして、男の子は拒否して……っていうやり取りが映される。きっと、男の子は撮られていることを知らなくて、後で撮っていたことを聞かされてからも、映像の使用許可を出さなかったんでしょう。かなり、ギリギリのことをやっている。
その次の長編である『インボランタリー』(08)というのも、完全にセクハラだろっていうような内容がある。エッチな格好をした女の子たちがバスに乗って、気弱そうなお兄ちゃんたちに“私のビデオ撮って~”って絡む。それで、“えっ、困る……”っていう彼らの反応を隠しカメラで撮っていたり、飲み会で何人かの男が突然パンツを脱いで、性器を他の人に押し付けて、“やめて!やめて!”って騒いでいるのを撮っていたりとか。どれもセクハラだからーっ!(笑)他にも、観光バスの運転手が急に車を停めて“バスのトイレのカーテンのレールが壊れている。乗客が壊したに違いない。犯人が名乗り出るまで俺は一歩も動かない!”って言い出して乗客があたふたして“僕じゃないけど、行こうか?”って言い出したり、パーティの最中に紳士が花火を目に喰らってしまって、皆が病院に行くようすすめても“絶対行かねえ!恥ずかしいから!”っていい年のおっさんが頑なに拒否したり。そういうところを、どれも隠しカメラのような手法で撮っていて、とにかく観ていてイヤ~な気分になる。絶妙な意地の悪さ。そういうのをずっと撮っている監督なんです。その延長で『フレンチアルプスで起きたこと』があって、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』がある。とにかく、やっていることがずっと一貫していて、そこがすごいところですね。インタビューでも、人をイライラさせたい、嫌な気持ちにさせたいって言っていますからね(笑)」と語り、初期から一貫したテーマを描きながらも、新たな作品を作るたびにその手法に磨きをかけ、ついに『ザ・スクエア 思いやりの聖域』でカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール受賞に輝いたオストルンド監督のキャリアを振り返った。
最後に町山さんは「皆さんは今日の話を聞いてオストルンド監督はひどい人だと思ったかもしれませんが、“何て良い人なんだ!”と感動した話があります」と、とある話を披露。「オストルンド監督の両親は離婚しているんですが、彼は、“二人を再会させる”というテーマのドキュメンタリーを撮っているんです。それをきっかけに二人を本当に仲直りさせて、何と、復縁したそうです。良いこともしているし、実際はすごく良い人なんです!」と話し、人間の“イヤ~な”部分を突くキレッキレの映画を作っていても、監督自身は愛にあふれた良い人なんだと誰もが心を温かくするようなエピソードで話を締め、まだまだ誰もが町山さんの話を聞いていたいという熱気にあふれたムードの中、トークは幕を閉じた。
『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
4月28日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ他公開中
監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング エリザベス・モス ドミニク・ウェスト テリー・ノタリー
配給:トランスフォーマー
【ストーリー】 クリスティアンは現代美術館のキュレーター。洗練されたファッションに身を包み、バツイチだが2人の愛すべき娘を持ち、そのキャリアは順風満帆のように見えた。彼は次の展覧会で「ザ・スクエア」という地面に正方形を描いた作品を展示とすると発表する。その中では「すべての人が公平に扱われる」という「思いやりの聖域」をテーマにした参加型アートで、現代社会に蔓延るエゴイズムや貧富の格差に一石を投じる狙いがあった。だが、ある日、携帯と財布を盗まれたことに対して彼がとった行動は、同僚や友人、果ては子供たちをも裏切るものだった―。
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