ガザ地区攻撃後に語る、パレスチナカルチャーの未来『ガザの美容室』アラブ・ナサール監督 インタビュー

第68回カンヌ国際映画祭批評家週間に出品された、双子のパレスチナ人監督タルザン&アラブ・ナサールによる初の長編映画『ガザの美容室』が、6月23日より公開となる。それに先立ち、本作の共同監督の一人であるアラブ・ナサール監督が、映画作りを始めた経緯や、パレスチナから生まれるカルチャーの未来について、5月14日に起きたイスラエル軍によるガザ地区への攻撃後にインタビューで語った。

本作は、パレスチナ自治区ガザの小さな美容室を舞台に、戦争状態という日常をたくましく生きる13人の女性たちをワンシチュエーションで描く。本作を手掛けたガザ出身の双子のタルザン&アラブ・ナサール監督は、現在フランスで映画の製作活動をしており、第71回カンヌ国際映画祭では、パレスチナの映画を世界に伝えるための公式パビリオンが出展された。しかし、開催期間中の5月14日にアメリカは大使館をエルサレムへ移設、それに抗議行動を行っていたガザ地区住民たちがイスラエル軍によって無差別的に攻撃を受け、60名以上が死亡した。ガザ地区の指導者ハマスが一方的に「停戦」宣言をするも、現在もイスラエル・パレスチナ間の緊張は高まっている。カンヌ映画祭のパレスチナ・パビリオンでは、ある視点部門の審査員長を務めたベニチオ・デル・トロらが輪になって手をつなぎ、カザ攻撃の犠牲者に黙とうを捧げた。

パレスチナ・パビリオンに参加した映画プロデューサー、ラシード・アブデルハミド(Rashid Abdelhamid)は、本作を製作した「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」の創設者。パレスチナの映画だけでなくアートも支援しているこのプロジェクトからは、本作の監督タルザン&アラブ・ナサールのデビュー作『Condom Lead』も誕生した。

アラブ・ナサール監督は、5月14日に起きたガザ地区攻撃について、「今回の攻撃については何も言葉がありませんし、どう言葉を選ぶべきかわかりません。あなた方は、僕たちがガザの状況、5月14日に起こった事をどう思っているとお考えでしょうか。友人たちを失い、故郷から遠く離れた地で、胸が張り裂けそうです」と語っている。

▲アラブ・ナサール(右)、タルザン・ナサール(左)

■アラブ・ナサール監督 インタビュー

Q:お二人はどのようにしてパリに移住したのですか?

アラブ監督:初めてガザの外に出たのは、2009年に初めて作った短編『Colourful Journey』が、2年後の2011年、米国テキサス州オースティンのドラフトハウス・シネマで上映されることになり二人が招かれた時でした。24歳の時です。パリに移住したのは、『ガザの美容室』のポストプロダクション中です。この映画のおかげで必要書類を用意できて申請が通りフランスに亡命しました。

Q:大学では絵画を専攻されていたとのことですが、映画製作をはじめたきっかけを教えて下さい。

アラブ監督:昔からずっとアート全般に興味がありました。絵を描くこと、写真、写真合成…。何でもやってみる自由が欲しかったし、そのために闘いました。いろいろやった後に、次のステップとして自然と向かったのが映画作りでした。ガザにある公立のアルアクサ大学では絵画を専攻していましたが、将来、映画の道に進む決意は固まっていました。海外で映画の勉強をすることが夢だったのですが、ガザから出ることはできないまま、手探りで映画制作を始めたのです。充分な機材も資金もないガザでは映画を完成させることができません。そのため、僕たちはいつか完成させたいという願いを込めて、先に映画のポスターを作り始めました。『夏の雨』『秋の雲』『守りの盾』『鋳込まれた鉛』という映画タイトルは、イスラエルによる対パレスチナ軍事作戦の名称です。それらの作戦名が僕らにはまるで戦争映画の題名のように聞こえました。ガザの苦しみ、人々が日々直面している問題を象徴する映画を作りたかったのです。現在も映画製作以外にも、絵を描くこととコラージュ作りはしています。朽ちたポスターが壁に貼られたままのその映画館を通り過ぎる度に悲しかった。ここで映画を観ることができたらどんなにいいだろうか。

Q:ガザでの暮らしについて教えて下さい。ガザに映画館がなくなった翌年に生まれたと聞きました。映画はどこで、どのように観ていたのでしょう?

アラブ監督:ガザでの暮らしは不条理です。しかし不条理も日常生活の一部です。そんな中で、何とかやっていく、何とか希望を持とうとする。簡単な暮らしではないですが、それでも祖国ですから。映画館がなかったので、ガザで映画はインターネットで観るしかありませんでした。タルザンは「朽ちたポスターが壁に貼られたままのその映画館を通り過ぎる度に悲しかった。ここで映画を観ることができたらどんなにいいだろうと思っていた」と語っていました。僕たちはタルコフスキーなどの偉大な映画作家をネットで発見しました。ネットがあれば何にでもたどりつけます。

Q:「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」の一環として本作『ガザの美容室』と前作『Condom Lead』が製作されています。現在「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」は音楽のプロジェクト(「Electrosteen」=パレスチナの伝統音楽に新たな息吹を吹き込むエレクトロニック・ミュージックのプロジェクト)も進行しているようですが、このようなパレスチナのカルチャーシーンについてどう思いますか?

アラブ監督:パレスチナ人アーティストを強く後押ししたいです。音楽は大好きです。2013年、『Colourful Journey』の製作と配給を手がけてくれたアルジェリア生まれのパレスチナ人デザイナー/建築家/映画プロデューサーのラシード・アブデルハミドが、パレスチナのアートを支援するための「メイド・イン・パレスチナ・プロジェクト」を立ち上げ、僕たちの2本目の短編『Condom Lead』は製作されました。ラシード・アブデルハミドは、パレスチナのカルチャーシーンを作るために積極的に活動してくれています。今年のカンヌでパレスチナ・パビリオンができてコンサートが行なわれたことも、とても嬉しく思っています。

『ガザの美容室』
6月23日(土)より、アップリンク渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール

出演:ヒアム・アッバス マイサ・アブドゥ・エルハディ マナル・アワド ダイナ・シバー ミルナ・サカラ ヴィクトリア・バリツカ
配給:アップリンク

【ストーリー】 パレスチナ自治区、ガザ。クリスティンが経営する美容院は、女性客でにぎわっている。離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。皆それぞれ四方山話に興じ、午後の時間を過ごしていた。しかし通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残される―。極限状態の中、女性たちは平静を装うも、マニキュアを塗る手が震え、小さな美容室の中で諍いが始まる。すると1人の女性が言う。「私たちが争ったら、外の男たちと同じじゃない」。いつでも戦争をするのは男たちで、オシャレをする、メイクをする、たわいないおしゃべりを、たわいない毎日を送る。それこそが、彼女たちの抵抗なのだ。