シリアで拘束さた安田純平「これは終わった話ではない。今でも起きている」『ある人質』を絶賛

2013~2014年、398日間にわたってIS(“イスラム国”)の人質となり、奇跡的に生還したデンマーク人写真家ダニエル・リュー。若き写真家が体験した地獄と、不可能に挑んだ家族の398日間を追った衝撃の実話を映画化した『ある人質 生還までの398日』が、2月19日より公開される。このほど、2月7日に渋谷・ユーロライブにて試写会&トークイベントが行われ、2015年から3年4ヶ月にわたってシリアで武装勢力に拘束され無事解放された経験をもつジャーナリストの安田純平と、映画評論家の森直人が登壇した。

森:先ほど舞台裏でも色々お話させていただきましたが、いまここにいらっしゃる皆さんは、映画のなかでダニエルの過酷な“人質”としての日々をご覧になったばかりで大きな衝撃を受けておられると思います。まず安田さんが初めてこの映画をご覧になったときの率直な感想をお聞かせください。

安田:私の場合は2012年にシリアの内戦の取材をしていまして、そのときに、映画にも出てくるジェームズ・フォーリーと同じ部屋に一週間くらい宿泊していたので、当時色々話をしました。ジェームズはこの映画のもう一人の主人公とも言えますが、映画の中で彼が動いて話をしているのを観るだけで…もうずっとジェームズを観ているような状態でした。彼が本当にかっこいいんですよ。劇中もずっと周りを励ましているじゃないですか。私が取材に行ったとき、彼のほうがシリアに先にいて私が後から入ったのですが、そのとき政府軍の戦車砲がボンボン飛んでいて亡くなった人もいて、「おまえは後から来たんだから先に撮っていいよ」と色々協力をしてくれたんです。とても紳士的でした。日本人の山本美香さんが2012年の8月に亡くなった時も、ジェームズがちょうどアレッポのそばにいたので連絡をとったら、仕事というわけでもないのに色々情報も送ってくれました。

森:(監禁部屋の中で)彼がチェスを自作して正気を失わずにどう過ごすか、ということも描かれていましたね。

安田:どうしても悪いように考えてしまうんです。そうなってくると精神的にも身体的にも弱ってくる、だからそういう何も考えない時間を持つことが大切で、チェスやりながらリセットして、ということを考えたのではないかなと思います。

森:僕はこの映画を観ながら、また安田さんが書かれた本を読みながら、報道と実体のギャップということをすごく考えてしまいました。ダニエルさんの事件があったあと、入れ違いに安田さんが拘束された時期になります。そうなるとシリアの武装勢力の勢力図に変化があったということなのでしょうか?

安田:イスラム国が大きくなったのは2014年1月からですね、シリアからイラクに入っていって色々な街を占領して大きくなっていった。それまではまだおとなしくしていた。元々アルカイダはイラクで無茶苦茶やって追放されてそのあとシリアに入って復活してきた。それがイラクにまた戻ってデカくなった。2014年に大きくなったあとに、ジェームズの殺害映像とか出して本性を現した。ですから2014年の頃はこれからこの組織にどう対応しようか、というのが世界的に問題になっていた時期です。私が入ったのは2015年、後藤健二さん、湯川遥菜さんがああいった形で殺害されてしまった最後のケースだと思うのですが、多くの国や、シリアのその他の武装組織がイスラム国との対決を始めていた時期でした。

森:そのあたりのことが僕も含めてよく理解できないところがあります。そもそも安田さんを拘束していた武装勢力の正体はまだはっきりとわかっていないのですよね?

安田:シリアの反政府側の組織は小さいものも含めると何百もあって、大きく分けていえるのはイスラム国とその他。この時期イスラム国は資金はあるし武器はあるし圧倒的に強かった。それでもイスラム国が嫌だという者が他の組織を作っていた。その組織からすると、イスラム国と同じと思われるのだけは嫌だ、世界中のイスラム教徒がイスラム国を批判している中で、我々がそうではない、ということをアピールすることが重要だった。

森:例えば、見せしめ動画というメッセージ性も、イスラム国に至るまでに意味合いは変わってきているのでしょうか?

安田:イスラム国の場合は、あの映像を流した段階でアピールの要素が強く、交渉は終わっている。この映画のダニエルも写真は少し公に流れたみたいだけど、映像は流れていない、流した段階で大騒ぎになるから。つまりこういった取引というのはこっそりやるんです。どこの国も表向きには交渉しないと言っているので、騒ぎになったら交渉ができなくなる。だから映画の中でも公表するな、と強く言われていますよね。最初は秘密裏にやる。だから映像になった段階では(交渉が)厳しくなっている、ということも言えるのです。

森:安田さんの状況はまたちょっと違ったのでしょうか。

安田:私の場合は何で流したのか、正直わからないのですが、たぶん商売だと思います。初期のころ流れたときは、日本政府が完全に無視していましたので、何とかして交渉の場に引っ張り出したいということだった。一度私の家族にもメールが来たんです。2016年に連絡がきたのですが「日本政府に連絡を取っているのだけれど、全然相手にしてくれない、どうなっているんだ。連絡先ここだから連絡して」と。だから家族が外務省に伝えたけれど、絶対に交渉はしない、身代金は払わないというのが日本政府の絶対のルールでしたから。それを無視したら死ぬかもしれない、ということがわかっていてもそういう感じでした。後半のほうでは商売でした。日本政府が乗ってこないのがわかっているのでメディアに売りに来る奴がいるんです。5000ドルくらいの話で持ち掛けてくるらしいです。

森:こういった話は報道されていない部分ですよね。安田さんが拘束されたとき、なんとなくアル=ヌスラ勢力ではないかと報道でも言われていましたが、それを受けて彼らもごまかす、というところもあったのでしょうか。

安田:現地のブローカーのネットワークのようなものがあって、私の映像を持ち出した人間が、以前にヌスラにいた人間だったからでしょう。でもシリア人でもたくさん誘拐されているし、アルカイダというと皆怖がるし、その看板をつけるメリットは相手が怖がるということだったり。

森:ちょっと変な言い方ですがヤクザ映画みたいに、勢力図が色々あって、小さな一派があって。あとこの映画で僕が初めて知ったのは、(人質交渉の専門家)アートゥアの存在ですね。実際こういう方がいらっしゃるんですよね。

安田:はい。私の家族にも実際売り込みがきました。私の家族は交渉金も払えないし、無理だと伝えると外務省に紹介してくれよ、と。値段を聞くと、見積書を送ってきた。毎月2万ドルだったか20万ドルだったか、言ってきました。実は救出するための交渉というのは技術が確立されていて、この映画の中でもダニエル本人にある質問をするじゃないですか、それは彼が生きているという証拠をとっているわけです。ニュースをみて関係ない奴らも「情報もってる」とたくさん近寄ってくる、その中で本当に捕まえている奴らなのかどうかを確かめるのが最初なんです。交渉したあとに、まだ本当に生きているか、それを2段階で確認するんです。それには本人に質問するのが一番。DNAだと死体からでもとれるから。本人にしか答えられない質問をするのが一番なんですね。私の場合もありました。まず外務省は私が捕まって2カ月後に、私の家族から私しか答えられない質問項目を得ていたそうです。しかし私がその質問をされたのは私が解放された後で、トルコで日本大使館員に目の前で確認されました。捕まっている間には聞かれなかったということ、それはつまり、生きているかどうかの確認を一回もしていない、取引や交渉も私の場合はしていなかった、ということでなんです。本人に聞くということは、本人自身がわかるということでもあります。ただアメリカやイギリスは交渉しないから、ジェームズにはこういう質問は来ていなかったと思う。一度ジェームズとイギリス人は脱走を図っています。しかしイギリス人が捕まってしまい、彼だけ置いてはいけないとジェームズは自ら出頭し、そのあとものすごい拷問を受けたと聞いています。一方、別のスペイン人には一ヶ月に一度、そういう質問がきていた。それはつまり生きているかの確認で、これから救出するから無茶するな、頑張れという励ます意味でもあったんです。

森:この映画でも描かれている、国によっての政府の対応の違い、そして自己責任論についてはどうお考えですか?

安田:本人が行動した結果起こることは自己責任に決まっている。皆が負うもの。でも「自己責任論」というのは、政府や周りは関係ないですよ、という意味なんです。だから自己責任論ということを本人がよく聞かれるんですけれど、本人に聞く話ではない、と思います。政府がどう対応するかというのは本人には決められないわけで、本人が何を言おうと政府は同じように対応しなければいけない。そこは本人が選択しようがない。本来は政府は何かしなくちゃいけないとか、社会としてダニエルのように救出できるかもしれない、でもそれをやるかやらないかは政府や社会が決めること。それは自己責任ではない。それをなぜわざわざ言うかというと、政府も社会も何もする必要がない、それは本人の責任ですよ、というための論、だと思います。

森:こういったお話から、国によって態度が違うということが、国が抱えるメンタリティとかルール規範意識が浮かび上がってきますね。

安田:アメリカやイギリスは中東へ軍隊だして戦争をしているので、そこで人質を取られて政策の変更を要求される、となると戦争にも影響してくるし、ジャーナリストは救出しなければいけないというメンタリティはあるんです、でも身代金を渡すことが相手側に資金を渡すことになるし、という次の段階です。でも日本はまだそれよりはるか手前の話で。例えばダニエルはみんなでお金をだしあって救出することができた、しかし後藤さん湯川さんはできなかったんですか、ということなんです。この映画はよその国の話のようにみえますけれど、なぜ我々日本人は後藤さん湯川さんを救出することができなかったのか、を考えなくてはいけない映画だと思います。

ここでサプライズとして、本作のモデルであるダニエル・リュー本人による日本の観客に向けたメッセージ映像が公開された。

ダニエル:ポップコーンを楽しみつつ、現実をちょっぴり体験してほしいです。それが僕にとっては一番大切かもしれません。つまり、映画を観ることができる喜びと、紛争地域で多くの人が直面している現実との対比を感じてもらえればと思っているのです。そしてそれぞれに映画館を出る時に何かを考えるきっかけになれば嬉しいです。もしこの映画を見ても心が動かなかったら自分をチェックすべきかもしれません。それくらい色々な感情が詰まっていて現実に起きたことから生まれた物語だからです。皆さんにとって、自分たちの世界のことだけではなく、他人の命や人生についても考えるきっかけになってくれることを願っています。

森:(ダニエルさんのメッセージを観て)安田さんとダニエルさんはご自身の体験に対する距離感が似ているように感じました。

安田:そうですね、本人たちしかわからないものもやはりあって、原作とかも読んでいて、皆さんが反応していないところでもおそらく(僕は)反応していたかと。例えば生存証明の件も、ダニエルさんには実際には2回質問がきていて、一つは恋人とどこで初めて会ったか、でした。その答えが合っているかどうかを恋人に聞く、それは、まだ自分のことを恋人は待っていてくれているんだ、ということで彼は喜ぶんですね。私の場合も質問されたことによって、家族が待っていてくれるんだと思った。そんなところに感激して読んだのは自分くらいですよね。それを思ったときに、ジェームズは自分にそういう生存証明の質問がこなかったことが何を意味するかわかっていた。それを知っていても他の人を励ましている、ということを思うと…自分だったらそこまでやれるかと考えました。今でもシリアの内戦はずっと続いていて大変な状態で、これは終わった話ではないんです。今でも起きていることだ、ということを考えながら、この映画を観ていただきたいです。

『ある人質 生還までの398日』
2月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町にて公開
監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
監督・出演:アナス・W・ベアテルセン
原作:プク・ダムスゴー「ISの人質 13カ月の拘束、そして生還」
出演:エスベン・スメド トビー・ケベル ソフィー・トルプ
配給:ハピネット

【ストーリー】 怪我のために体操選手の道を断念したダニエル(エスベン・スメド)は、ずっと夢だった写真家に転身。戦争の中の日常を撮影するため、シリアの非戦闘地域を訪れた。だが現地の情勢が変わり、ダニエルはISに誘拐され拷問を受ける。家族は巨額の身代金を用意するために奔走するが、犯人側は容赦なく追い討ちをかけ、過大な要求を突きつけてくる…。

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