サミュエル・マオズ監督「日本とイスラエルには過酷なトラウマを抱えた国としての共通点があるので、日本人は本作に共感できると思う」『運命は踊る』トークイベント レポート

『レバノン』で第66回ベネチア国際映画祭金獅子賞に輝いた、イスラエルの名匠サミュエル・マオズ監督の最新作『運命は踊る』が9月29日より公開となる。このほど、8月22日に市ヶ谷シネアーツ試写室にて試写会とトークイベントが行われ、サミュエル・マオズ監督、映画評論家・ライターの森直人が登壇した。

本作は、マオズ監督が実体験をベースに、運命の不条理さ、人生のやるせなさを緻密に描いた長編2作目。デビュー作『レバノン』(金獅子賞)に続き、第74回ベネチア国際映画祭にて審査員グランプリを受賞し、2作連続で主要賞を受賞する快挙を成し遂げた。

日本最速試写会に駆け付けた観客に向けて、マオズ監督は「日本で初お披露目ができて嬉しい。みなさん、ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。マオズ監督の大ファンだという森は「監督の実体験がベースになったデビュー作の『レバノン』は衝撃的な傑作でしたが、第2作となる本作でも実体験から着想を得たそうですね」と問うと、マオズ監督は「私の長女には遅刻癖があって毎朝タクシー代をせがんでくるのですが、ある朝、長女を叱りつけました。娘が家を出た20分後、ラジオのニュースで娘が乗る5番線のバスがテロで爆破され、数十人が犠牲になったと知ったのです。娘はたまたまそのバスに乗り遅れたことによって1時間後に無事帰宅したのですが、自分の戦争体験をすべてひっくるめてもはるかに辛くて最悪な1時間を過ごすことになりました。娘のためによかれと思ってしたことが、娘の命を奪いかねなかったのですから。人生は偶然の産物にすぎないのか、あるいはその偶然もまた見えざる手が仕組んでいるのか、あるいは我々は運命を掌ることができるのか、できるとしたらどんな代償が伴うのか、について考えを巡らせ、それが本作の哲学的問いにも繋がっています。結局、娘の遅刻癖は直らず、あの事件で学んだことは、欠点と長所は密接に繋がっているので、無理に欠点を直そうとすると良い部分も引きはがしてしまいかねないということ。家族や友人の小さな欠点は受け入れるべきです」と語った。

自身の戦争体験をもとに描いた『レバノン』公開後は、イスラエル国内で大きな反響があり、そのときに、イスラエルは自身のような人物を多く生み出していると気づいたというマオズ監督。「イスラエルは100万人もの飢えに苦しんでいる子どもたちやその他の様々な問題にも対処せずに、国防にばかりお金をかけている。それは、私たちがトラウマを抱えた民族であるからです。ホロコーストと原爆という現代史におけるもっとも過酷なトラウマを抱えた国としての共通点が日本とイスラエルにはありますよね。そういう意味で日本人には深く共感できる部分があると思う」とイスラエルと日本の共通点にも触れ、さらに「今の現実がどうであれ、いまだ癒えないトラウマは世代から世代へと受け継がれていて、イスラエル人は常に実存的な脅威と戦っていると思いこんでいる。この世代では、このループを抜けて大きくステップを踏み出すんだと思っても、結局元のところに戻ってきてしまう。原題となった“フォックストロット”のステップはそんな我々の社会の象徴です。そして父ミハエルもそのようにして運命と踊っている一人の男なのです」と、作品のなかで度々語られる社交ダンスのステップ“フォックストロット”の意味について解説した。それ対して、森は「本作のキャラクターからは、イスラエルの歴史的トラウマが個人にも刻まれていることが見えてくる。“フォックストロット”はイスラエルのメタファーですが、私たちにも十分わかる世界そのもののメタファーであり、メカニズムだと思うんです。仏教用語の“因果応報”はプラスマイナスゼロの法則ですが、“フォックストロット”と同じですよね。本作はこれを明晰な構成で描いた傑作ですね」と語った。

そんな中、観客とのQ&Aへ。熱心な映画ファンから多くの質問が飛び交った。「本作では不安を感じさせる音やシーンがいくつかあった。初めからこのような構成があったのか、それとも現場で作り上げたのか?」という質問に対し、マオズ監督は「脚本段階からその構成はありました。そして、私は映画を作る際に画作りや音を一番大事にしています。例えば、夫婦に息子の訃報が伝えられた際に玄関にかけられていた絵は、父ミハエルの心のありようを表している。彼の心のなかの秩序だったカオスがブラックホールに飲み込まれる様をX線が見透かしているようなイメージです。私は物事をありのままにとるナチュラリズムではなく、登場人物の精神状態をまなざしや表情、美術などの視覚で表現します。観客には外的ではなく内的な映画体験をしてほしいので、できるだけダイアログは使いたくないと考えていますね。不快感を与えるようなカメラワークも、計算しつくされた長回しです」と自身の映画づくりについて明かした。

続けて、父ミハエルの人物像について問われると、「ミハエルは彼なりにフォックストロットから抜け出そうと“生”を選ぶような行動をとります。私もホロコーストを体験した母に育てられたので、ミハエルと同じように『ホロコーストの体験に比べたらなんてことはない。文句を言ってはいけない』と抑圧され、辛さを封印して生きてきました。ですが、次の世代である息子のヨナタンは、父親のそのトラウマを見抜いていた。父がそれを思わぬ形で発見し、気づきを得るのです。本作は愛で罪悪感を克服できるかもしれない、と我々に希望を感じさせるような、家族の再生の物語でもあります」と本作で描きたかった物語を明かした。

熱心な観客からの質問に丁寧に答えたマオズ監督。最後に日本の観客に感謝の意を述べ、黒澤明や村上春樹などの日本人からもクリエイターとして大きな影響を受けたことを明かした。監督は終了時間をすぎてもマイクを離さず、伝えたい思いが止まらない様子で、監督の熱量のこもったトークイベントは観客からの大きな拍手で締めくくられた。

『運命は踊る』
9月29日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:サミュエル・マオズ
出演:リオール・アシュケナージー サラ・アドラー ヨナタン・シライ
配給:ビターズ・エンド

【ストーリー】 イスラエル・テルアビブのアパート。家族のもとに、息子が戦死したとの連絡が入る。取り乱し、悲しみに打ちひしがれる両親。しかし、それは誤報であり、息子は生きていることがわかる。一方、戦う相手もいない前哨基地で間延びした時間を過ごす息子。遠く離れたふたつの場所で、父、母、息子―3人の運命は交錯し、すれ違っていく。

© Pola Pandora – Spiro Films – A.S.A.P. Films – Knm – Arte France Cinéma – 2017