瀬々敬久監督「初期衝動に帰って作った」、寛一郎「現場でいつも監督が叫んでいた」『菊とギロチン』「マスターズ・オブ・シネマ」イベントレポート

瀬々敬久監督が『ヘヴンズ ストーリー』から8年振りに放つオリジナル企画のアナーキー青春群像劇『菊とギロチン』が、7月7日より公開される。このほど、6月30日に早稲田大学にて人気講義「マスターズ・オブ・シネマ」が行われ、瀬々敬久監督と、特別ゲストとして寛一郎が登壇した。

瀬々監督が構想30年を経て完成させた本作は、大正時代を舞台に、当時人気だった女相撲と実在したアナキスト集団ギロチン社を題材に、木竜麻生、韓英恵らが演じる女力士たちと東出昌大、寛一郎ら世界を変えることを夢見る青年たちが出会う、史実から着想されたオリジナルストーリー。

このたび瀬々監督が招かれたのは、これまでも押井守、細田守、是枝裕和、柄本明、池松壮亮、イザベル・ユペール、井浦新、大林宣彦ら国内外の監督・俳優はじめ多彩な映像制作者たちをゲストに招き、学生と対話しながら、制作にまつわる様々な事柄を語る早稲田大学の人気講義「マスターズ・オブ・シネマ」。聞き手は早稲田大学の谷昌親教授で、集まった学生たちを前に、瀬々監督は、自身が京都大学時代に京大・西部講堂で自主上映をやっていたこと、そこに釜ヶ崎の労働争議をやっている人や謎めいた音楽プロモーターの“オッサン”など色んな人が出入りしていて、その学生時代が自分の人間形成に影響を与えたことを話した。

また、この日は瀬々監督が新作『菊とギロチン』と同様、自主企画で完成させ、ベルリン映画祭で2冠を獲得した『ヘヴンズ ストーリー』(2010)上映後の講義ということもあり、実際の事件から着想した映画の内容に合わせ、学生から「今後、2010年代以降の事件を描く予定はありますか?」という質問も。この問いに対し「『菊とギロチン』は関東大震災後という時代設定ですが、昔のこととしてではなく、今の物語として描こうとしています。ですから役者も当時の人になりきるのではなく、今の人が当時の設定の中で演じているように見せたかった。衣装は時代劇だけど、中身は現代人、という感じです。当時と今の問題がすごく似ていると思ったので、今の物語として通じる映画にしたかったんです」と、『菊とギロチン』を例にあげ、現代の事件だけでなく、背景となる時代が違っても「今」として描いていることを語った。

講義の後半から、本作で理想を追い求める古田大次郎を演じた寛一郎が加わると、瀬々監督は500人以上に会ったというオーディションで「(寛一郎は)芝居は下手なんだけど、オーラと存在感みたいなものがあった。だから最終的には彼に賭けてみようと思った」と明かし、公開順は後になったが、本作の現場が初めてだった寛一郎をいかに鍛えたかをユーモアを交えて学生たちに暴露。すると、寛一郎は「他の現場では時間がない、とか大変なことは色々ありますが、この現場で何が大変だったかというととにかく瀬々監督でした(笑)」と監督の指導の厳しさを笑顔で証言。学生から「役作り」について質問されると、「(古田の)自伝を読んだり、ある程度時代背景は調べましたが、この映画では僕は何もカッコつけたことを言えません…。本当に、役作りが何なのかも分かっていなくて、何も分からないままに演じていました」と正直な答え。そして「それよりも、現場で東出さんはじめ皆さんからもらえるものがすごく大きかった。本当に他の人たちからもらう部分がたくさんあったと思います」と続けた。また、谷教授に俳優を目指したきっかけを聞かれると「父(佐藤浩市)の存在しかないかもしれません」と率直に答えていた。

最後に瀬々監督は「この映画は皆さんと同じくらいの年齢のときから企画していました。もう一度、初期衝動に帰って作ったような映画です。30年間、映画の仕事をしてきましたが、原点に戻ることで、何かを変えられるのでは?と思ったんです。何かを変えようと思って始めた映画、そういう若い思いをぜひ見に来てください」とコメント。寛一郎は「現場ではいつも監督が叫んでいました。それくらい熱い気持ちで作った映画です。観た後に、言語化できなくても良いので感じてもらえる何かがあればいいなと思います」と学生たちにアピールし、講義は終了した。

『菊とギロチン』
監督・脚本:瀬々敬久
脚本:相澤虎之助
ナレーション:永瀬正敏
出演:木竜麻生 東出昌大 寛一郎 韓英恵 渋川清彦 山中崇 井浦新 大西信満 嘉門洋子 大西礼芳 山田真歩 嶋田久作 菅田俊 宇野祥平 嶺豪一 篠原篤 川瀬陽太
配給:トランスフォーマー

【ストーリー】 大正末期、関東大震災直後の日本には、不穏な空気が漂っていた。軍部が権力を強めるなか、これまでの自由で華やかな雰囲気は徐々に失われ、人々は貧困と出口の見えない閉塞感にあえいでいた。ある日、東京近郊に女相撲一座「玉岩興行」がやって来る。力自慢の女力士たちの他にも、元遊女の十勝川(韓英恵)や、家出娘など、ワケあり娘ばかりが集まったこの一座には、新人力士の花菊(木竜麻生)の姿もあった。彼女は貧しい農家の嫁であったが、夫の暴力に耐えかねて家出し、女相撲に加わっていたのだ。「強くなりたい。自分の力で生きてみたい」と願う花菊は、周囲の人々から奇異の目で見られながらも、厳しい練習を重ねていく。いよいよ興行の日。会場には、妙な若者たちの顔ぶれがあった。彼らは「格差のない平等な社会」を標榜するアナキスト・グループ「ギロチン社」の面々で、アナキズム運動を牽引した思想家の大杉栄が殺されたことに憤慨し、復讐を画策すべく、この土地に流れ着いていた。「ギロチン社」中心メンバーの中濱鐵(東出昌大)と古田大次郎(寛一郎)は、女力士たちの戦いぶりに魅せられて、彼女たちと行動を共にするようになる。「差別のない世界で自由に生きたい」―その純粋な願いは、性別や年齢を越えて、彼らを強く結びつけていく。次第に中濱と十勝川、古田と花菊は惹かれあっていくが、厳しい現実が容赦なく彼らの前に立ちはだかる。

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