町山智浩「こういった事件はいまのアメリカでもまだ続いている」『デトロイト』日本公開記念トークイベント レポート

イラク戦争を舞台にした『ハート・ロッカー』で女性初のアカデミー賞監督賞を受賞し、続く『ゼロ・ダーク・サーティ』ではオサマ・ビンラディン殺害を描いたキャスリン・ビグロー監督の最新作で、1967年に発生したアメリカ史上最大級の暴動の渦中に起きた凄惨な事件を描く映画『デトロイト』。1月26日の日本公開を記念し、1月28日、映画評論家の町山智浩を招いてスペシャルトークイベントが行われた。

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満席となった会場に町山が登壇すると、今まさに映画『デトロイト』を見終えたばかりの観客からは大きな拍手が沸き起こった。「僕がデトロイトに初めて行ったのは、2004年のことでマイケル・ムーア監督への取材でした。まず驚いたのは、中心部に高層ビルが建っているのですがまるで核戦争の攻撃を受けたように廃墟になっているんです。街灯もなければ信号もない。住宅も火がつけられて燃え尽きたままになっている。つまり警察も消防署も機能していないということなんですね。なぜそんなことが起きたのか、そのきっかけになったのが本作で描かれている“デトロイト暴動”なんです。住民が街から出て行ってしまい、税金が入らなくなったために街が破綻してしまったんです。ただ、真っ暗なデトロイトを利用して様々な映画が撮影されています。『イット・フォローズ』『ドント・ブリーズ』などです」と、本作で描かれた暴動をきっかけに現在の荒廃したデトロイトがあるという実情を語った。

そして、映画の中でわからなかったことがないか来場者たちに質問を募ると、「劇中、最初に後ろから黒人を撃つという犯罪が起きましたが、あれはうやむやになってしまったのでしょうか?」と質問が。町山は「あれは事実ではないんです。最終的に無罪になった人を映画で犯罪者として描くと裁判になってしまうため、できるだけキャラクターを変えなければならなかったんですね。ですからあの部分は事実とは変えています」。町山はさらに続けて「彼らは全員無罪になっていますが、なぜあれほどの罪を犯して無罪になってしまったのか?それにはいくつか理由があります。まず、そもそも裁判が不当に行われました。アメリカには計画的殺人を意味する謀殺罪という第一級殺人があります。そしてその次にカッとして殺してしまった場合の故殺罪というものがあります。今回は当然、故殺罪にあたるはずなのですが、なぜか謀殺罪として扱われてしまったのです。どう考えても故殺罪のはずなので、謀殺罪として立証するのはほぼ不可能だったんですね。また、陪審員が全員白人でした。これは実は弁護士が全員白人になるまで20回くらい陪審員を拒否し続けたからなんです。そして3つ目の理由は正当防衛が成立してしまった点。撃たないでとしがみついてきた黒人を撃ち殺しているのですが、それがなぜか正当防衛になってしまいました。この弁護士は本当に腕利きで、この事件以外にも次々に白人による黒人の殺人事件を無罪にしています。一方で、警官のクラウスのモデルとされた人物はマスコミに追いかけられたのですが一切取材に応じず、まだ生きています」。

そして、この事件で警官が無罪になった最も大きな理由について「一番大きな原因は被害者が壁を向かされていたことです。彼らは直接現場を見ていないんです。弁護士が本当に見たのかと問い詰めると、ハッキリ見ていなかったり声が聞こえただけだったりで、この証人は信用できないと陪審員に印象付けました。ではもう一度裁判しないのか、と思われるかもしれませんが、アメリカにはダブル・ジョパディーというものがあって、一度無罪になると新しい証拠が出てこない限りもう一度裁判はできないんですね」と裁判について、町山ならではの詳細なリサーチに基づく信じがたい事実を語った。

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さらに驚くべきことに、アメリカの現状に話題が移ると「監督がこの映画を作ろうとしたのは、これが現在アメリカでもまだ続いていることだからなんです。2016年と17年、警官に殺害された黒人の人数はどれくらいだと思いますか?」と観客に問いかけ、「100人以上?」などの声があがるが、正解は300人以上!そして、その300人の黒人の中で武器を持っていたのは30%、そして有罪になった警官はなんとわずか1%だという。近年、こういった事件が顕在化したことに、スマホの普及があると町山は語る。「無抵抗の人間を警官が殺す瞬間の映像が世界に出回るようになりました。それでも皆無罪になってしまうんです。起訴すらされません。なぜかというと、アメリカには大陪審制度があるからです。起訴が適切かどうかを判断するのが大陪審なのですが、彼らはそもそも警察が作った資料を基に判断するのです。だから警察官が罪を犯しても起訴されない傾向にあるんです」と、そして「この映画は監督からのメッセージです。トランプ大統領は“アメリカの都市でギャングによる殺戮が行われている”と演説しました。だから警察官の権力を強くするのだと。しかし実は都市部だけではなく、アメリカ全体で暴力犯罪は実は減少し続けているんです。オークランドでは年間100人くらいが銃で死んでいたのですが、その数すら減っているんですよ。ニューヨークやロスなんて、夜中に女性が歩いても平気です。なぜなら景気が良いから。景気が良いから誰も犯罪なんて犯さないんです。それなのに黒人は殺されている。先程言った通り、警官の黒人への暴力は減っていないのです。道端でタバコを売っていただけで殺された人もいます。僕の家の近くにフルートベールという駅があるのですが、黒人の青年が地面にうつ伏せにされた状態で警官によって殺されました」と、アメリカ在住の町山が肌で感じる、今も変わらない黒人に対する不条理なアメリカ社会について語った。

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「デトロイトの街の中には黒人が住んでいて、警官は街の外から通勤している白人です。地元愛なんてない、街の秩序を守るという意識もない白人の警官たち。この映画では描かれていませんが、最後に弁護士が語ったんです。“デトロイトはベトナム戦争と一緒だ”と。戦場においては、極端な緊張状態で敵でなくとも撃ってしまうことがあると言うんです。ところがベトナム戦争で実際に起きていたのは、アメリカ兵によるベトナムの一般市民の殺戮ですよね。当時のベトナムに行った兵隊がやった事とデトロイトで警官が行った事、確かに一緒ですよね、50年経っても状況は変わっていないんです」。ベトナム戦争当時、まさに国内の戦場と化していたデトロイト。その深い闇は今もなお続いていると再度強く語り、イベントを締めくくった。

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『デトロイト』
1月26日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国公開中
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジョン・ボイエガ ウィル・ポールター ジャック・レイナー アンソニー・マッキー
配給:ロングライド

【ストーリー】 1967年7月、米デトロイト。史上最大級の暴動発生から3日目の夜、若い黒人客たちで賑わうアルジェ・モーテルに、銃声を聞いたとの通報を受けた大勢の警官と州兵が殺到した。すると、警官たちは偶然モーテルに居合わせた若者へ暴力的な尋問を開始。やがて、それは異常な“死のゲーム”へと発展し、新たな惨劇を生むのだった…。

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