新感覚、という言葉がぴったりくる意欲作、いや、もはやプロジェクトと言ったほうが適切だろう――。竹中直人×山田孝之×齊藤工が、漫画家・大橋裕之のカルト作を映画化した『ゾッキ』が、愛知県先行公開を経て4月2日より全国公開中だ。
3人の監督が、1本の映画を作る。これだけでもどんな内容か気になるが、キャストも実に多彩。吉岡里帆、鈴木福、満島真之介、柳ゆり菜、南沙良、安藤政信、ピエール瀧、森優作、九条ジョー(コウテイ)、木竜麻生、倖田來未、竹原ピストル、潤浩、松井玲奈、渡辺佑太朗、石坂浩二、松田龍平、國村隼……キャリアやフィールドもまるで異なる面々が揃った。
予告編も遊びまくっていて、未見の方々はきっと「これはどんな映画なの?」と興味を抱いているのではないだろうか。なんだかよくわからないからこそ、気になってしょうがない――。その感覚は、本作の中核を正しく捉えている。
誤解を恐れずに、断言してしまおう。『ゾッキ』は、観賞後もよくわからない。だが、それが素晴らしい。むしろこの作品は、“わからなさ”を愛する映画なのだ。
環境整備まで気を配った竹中直人×山田孝之×齊藤工
とはいえ、『ゾッキ』は支離滅裂なごった煮映画とは大きく異なっている。それはまず、『街の上で』(4月9日公開)の脚本にも参加している大橋裕之の独自の世界観が下地になっているところが大きい。
原作はいわば短編集で、「秘密を大切にしろ」と語る祖父と孫娘のエピソード『秘密』、突如思い立って自転車で旅に出た男の物語『Winter Love』、変わり者のクラスメートとの友情と噓を描く『伴くん』など、一風変わったストーリーの宝庫。映画では、岸田國士戯曲賞に輝く劇作家・演出家の倉持裕が脚本を手掛け、各監督が手を挙げた複数のエピソードをつなぐ構成に編集。それぞれのエピソードは独立しているのだが、世界観は共有されており、端々が重なることで、「この町で起こった物語」のように感じられる。まさに短編集を読んだような感覚を抱きつつ、それでいて一つの大きな物語にも思える。なかなかに味わい深い風合いになっているのだ。
そして、竹中・山田・齊藤がやはり効いている。元々は竹中の声掛けによってふたりが参加する形になったというが、竹中と齊藤は映画監督としても評価が高く、山田は『デイアンドナイト』でプロデューサーを務め、その後も様々なプロジェクトを仕掛けてきた人物(本作でもプロデューサーを兼任)。俳優の枠にとどまらず、活動を続ける彼らの「美意識」や「クオリティへのこだわり」が、作品自体の柱としてしっかり立っているため、遊びまくっていても破綻することがない。それぞれの想いがにじみ出た極私的な作品ではあれど、観客を無視しないのだ。
ちなみに本作では、託児所の設置や数時間ごとの休憩の確保など、山田や齊藤の発案で様々な取り組みが行われた。ロケ地となった愛知県蒲郡市との連携も抜群で、撮影では毎日のように温かい弁当が用意され、炊き出しも行われたのだとか(この辺りは劇場パンフレットに詳しい)。そうした環境整備が、出演者たちののびのびした表情を引き出した部分もあろう。
わからないからこそ楽しい! 全編に流れる“映画愛”
私見ではあるが、本作については「こういう話です」「こういうことが起こります」と解説することが、少々野暮な気がしている。というのも、冒頭に述べたように「“わからない”を楽しむ」ことに『ゾッキ』の面白さがあるように感じるからだ。
「“わからない”を楽しむ」とは? 読んで字のごとく、画面に流れるものに身をゆだねて、その体験を受け入れてゆくということだ。映画は時間の芸術であり、作り手視点では「時間を自由に編集して物語を作ることができる」という面、受け手視点では「2時間ただ作品とだけ過ごす」という面がある。いまでこそインターネットが普及し、予告編であったり、先に観た人たちの感想を読んだりしたうえで映画館に足を運ぶ人が増えたかと思うが、出会い頭の事故的に作品と遭遇し、なんだかわからないなりに楽しみ、そしていつの日か、ふとした日常の隙間で「ああ、あの映画で言いたかったのはこれか」であったり「あの映画のあのシーン、妙に覚えているな」と思ったりする。そうやってそれぞれの感性が出来上がっていくのだ。
『ゾッキ』には、ある種いまの映画と逆行する“におい”があふれている。「理屈なんてどうだっていい。わけがわからないから、楽しいんじゃないか」というメッセージが画面から伝わってくるようだ。そういった意味で、映画という表現・作品を愛する竹中×山田×齊藤の“らしさ”が色濃く表れた作品といえるだろう。
配給や制作陣の挑戦心も詰まったプロジェクト
最後に、ちょっとコアな楽しみ方ではあるが、本作のプロデューサー・伊藤主税(and pictures)と配給のイオンエンターテイメントにも目を向けていただきたい。伊藤氏といえば、『青の帰り道』や『デイアンドナイト』といった藤井道人監督の作品群や、ファッションイベント演出家・映像作家の津田肇氏の長編デビュー作『Daughters』等をプロデュースしてきた人物。山田孝之、阿部進之介とともに新サービス「MIRRORLIAR」を立ち上げ、36人の映画監督による短編映画制作プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS」も企画している(こちらには齊藤工監督も参加)。
また、イオンエンターテイメントといえばNetflix作品『ROMA/ローマ』を劇場配給したり、稲垣吾郎主演の実験的映画『ばるぼら』を配給したりと、独自のラインナップで知られている。『ゾッキ』は作品の中身も、こうした外側のメンバーから見ても、挑戦心の詰まった企画なのだ。
個人的な話だが、ゼロ年代に行われたオムニバス『Jam Films』シリーズにも通じるにおい――ゼロ年代の日本映画にあった「面白いことを全力でやってやろうとする気概」を本作からは存分に感じられた。『ゾッキ』はどこか懐かしく、それでいて感性を刺激し、作り手の創作欲にも火をつける映画なのだ。
文/SYO
『ゾッキ』
3月20日(土)より、蒲郡市にて先行公開
3月26日(金)より、愛知県にて先行公開
4月2日(金)より、全国公開
監督:竹中直人 山田孝之 齊藤工
原作:大橋裕之「ゾッキA」「ゾッキB」
脚本:倉持裕
音楽:Chara
主題歌:Chara「私を離さないで」
出演:吉岡里帆 鈴木福 満島真之介 柳ゆり菜 南沙良 安藤政信 ピエール瀧 森優作 九条ジョー(コウテイ) 木竜麻生 倖田來未 竹原ピストル 潤浩 松井玲奈 渡辺佑太朗 石坂浩二 松田龍平 國村隼
配給:イオンエンターテイメント
© 2020「ゾッキ」製作委員会