Netflixがさまざまな分野のオリジナル・ドキュメンタリーに力を入れていることは周知の通りだが、とりわけ異彩を放っているのがクライム系のドキュメンタリーだ。今回紹介するのは、テッド・バンディ、ピーター・サトクリフ、デニス・ニルセンという米英の悪名高きシリアルキラーの実像に迫った3作品。なぜ彼らはおぞましい殺人を繰り返したのか。その凶行はどれほど社会を震撼させたのか。貴重なフッテージやインタビューをふんだんに織り交ぜ、犯罪史上に刻まれた3つの恐るべき猟奇事件の真実をあぶり出す!(文/高橋諭治)
■「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」
1970年代の半ばから後半にかけて、アメリカ各地で30人以上の若い白人女性の命を奪ったテッド・バンディは、シリアルキラーの代名詞というべき存在で、その語源にもなった凶悪犯だ。甘いマスクの持ち主で話術に長け、ロースクールに通うインテリでもあったバンディは、それまでの殺人鬼のイメージを根こそぎ覆した。洗練されたルックスとは裏腹に、犯行の手口は狡猾かつ残虐極まりなく、強姦、屍姦、遺体の損壊など非道の限りを尽くした。
「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」は、1980年にフロリダ州の刑務所に死刑囚として収監されていたバンディに、2人のジャーナリストが行ったインタビューの音声を軸にした全4話のシリーズだ。バンディの生い立ちからワシントン州での最初の殺人、のちに逮捕されながらも2度脱獄してさらなる連続殺人を犯していった軌跡を時系列に沿ってたどっていく。また、バンディの裁判は初めて全米にテレビ中継されたが、その狂騒ぶりを伝える第4話も驚きの連続だ。元法学生である被告のバンディ自身が共同弁護人として法廷に立ち、傍聴席に陣取る熱狂的なグルーピーの女性たちが彼のエゴイスティックなパフォーマンスを見つめるという異様な光景が収録されている。
監督のジョー・バーリンジャーはクライム・ジャンルの専門家で、本作と同年の2019年に劇映画『テッド・バンディ』も発表している。バンディの長年の恋人だったリズ・クレプファーの回想録を原作にしたこの映画は、愛と疑念の狭間で揺らめく主人公リズの視点で物語が進行するサスペンス劇。より俯瞰的に事件の全容とバンディについて知りたい人は、先に「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」を見るべきだろう。
「殺人鬼との対談:テッド・バンディの場合」Netflixにて独占配信中
監督:ジョー・バーリンジャー
■「ヨークシャー・リッパー:猟奇殺人事件の真相」
ヨークシャー・リッパー、すなわちジャック・ザ・リッパーをもじって“ヨークシャーの切り裂き魔”と呼ばれたピーター・サトクリフは、1970年代後半にイギリス全土を震え上がらせたシリアルキラーである。イングランド北部ウェスト・ヨークシャー州のリーズとブラッドフォード、そしてマンチェスターで13人の女性が殺害されたこの事件は、イギリス史上最悪の連続殺人と見なされている。
捜査を担当したウェスト・ヨークシャー警察は当初、被害者たちが貧困地区の赤線地帯に立つ売春婦だったことから“よくある事件”と見なしていた。しかし3人、4人と被害者が増え、さらに5人目の被害者が売春婦ではなく、地元のスーパーで働く16歳の少女だったことから空気が一変。全4話のミニ・シリーズ「ヨークシャー・リッパー:猟奇殺人事件の真相」は、この陰惨な事件がイギリス全土の注目を集めるようになっていったプロセスを克明に映し出す。
犯人のピーター・サトクリフは妻帯者で、普段は目立たないタイプのトラック運転手だった。ウエスト・ヨークシャー警察は威信をかけて大規模な捜査を行ったにもかかわらず、ハンマーとナイフによる凶行を繰り返すサトクリフを1980年8月まで逮捕できず、マスコミや世間から猛批判を浴びた。このドキュメンタリーには、売春婦に対する警察の偏見が捜査迷走の一因となり、女性の権利を訴える民衆のデモが巻き起こった事実も記録されている。
ちなみに、ヨークシャー・リッパー事件を題材にした代表的なフィクションには、イギリスの作家デヴィッド・ピースの犯罪小説シリーズ“ヨークシャー4部作”があり、この小説は2009年に『レッド・ライディング』トリロジーとして映画化されている。
「ヨークシャー・リッパー:猟奇殺人事件の真相」Netflixにて独占配信中
監督:エレナ・ウッド ジェシー・ヴィレ
■『殺人者の記憶:デニス・ニルセンが残したテープ』
最後に紹介する『殺人者の記憶:デニス・ニルセンが残したテープ』は、イギリスの連続殺人鬼デニス・ニルセンが服役中に自らの人生を語った録音テープに基づくドキュメンタリー映画だ。ニルセンの犯行が世に知れ渡ったのは1983年のこと。北ロンドンの配管工が悪臭漂う排水溝で人間の遺体らしき肉塊を発見し、警察に通報したことがきっかけだった。現地に赴いた刑事は排水溝の近くにあるアパートの住人、ニルセンの屋根裏部屋に立ち入り、異常な腐臭を放つふたつの大きなポリ袋を発見し、すぐさまバラバラ死体だと察してニルセンに「死体はひとつか、ふたつか?」と尋ねた。するとニルセンは、けろっとこう答えたという。「15体か、16体です」。
まれに見る大量殺人事件の犯人が移送される際、メディアはその恐ろしい人物の風貌を確かめようと試みた。ところがメガネをかけて取材陣の前に姿を現したシリアルキラーは、拍子抜けするほど平凡な外見だった。ニルセンは地元の職業安定所に務める公務員で、しかも元警察官だったのだ。
多くのシリアルキラーが狙う獲物は女性だが、ニルセンは同性愛者である。1970年代末から殺人を重ねてきたニルセンは、少年を含む若い男性ばかりを毒牙にかけた。当時のイギリスは不況のまっただ中で、被害者の多くは貧しいホームレスだった。ニルセンがそうした犯行を事細かに告白する本作の音声には、彼が同性愛者だと自覚した少年時代を回想するエピソードも含まれている。また、父親代わりとして慕っていた祖父の死に接した幼少期の“記憶”の断片が、鮮烈なイメージとともに映像化されている。
逮捕直後のニルセンは警察署での尋問の際に、刑事が唖然とするほどあっけらかんと自らの犯行を語ったという。そんなニルセンと警察のやりとりは2020年のTVミニ・シリーズ「デス」でドラマ化されている。
『殺人者の記憶:デニス・ニルセンが残したテープ』Netflixにて独占配信中
監督:マイケル・ハート