ディストピアといえば、ユートピア(理想郷)とは真逆の「夢も希望もない世界」をあらわす言葉。とりわけ映画界では、暗黒の未来像を描いたSFやホラーは広く“ディストピア”物として認識され、もはやひとつのジャンルを形成している。特にNetflixはディストピア系のオリジナル作品に積極的に取り組んでおり、とりわけ「人類滅亡」という設定を逆手に取ったガチの感動作でジャンルの可能性を広げている。そこで幅広い層にオススメできる、さまざまな愛の形を描いた感動系ディストピア映画4作品を紹介します!(文/村山章)
■『ミッドナイト・スカイ』
アカデミー賞俳優であり、映画監督、脚本家としても第一級の腕を持つジョージ・クルーニーが、リリー・ブルックス=ダルトンのSF小説『世界の終わりの天文台』を自らの監督・主演で映画化。本作の特徴は、「人類滅亡の危機」が決して止められない災厄として描かれていること。もはや地球を救う術はないに等しく、難病を患った博士が、たったひとりで北極の観測所に残っている。
地球を救う代わりに、博士は残されたわずかな時間を使って、地球に帰還中の宇宙探査船と連絡を取ろうとする。探査船は、木星の衛星に人類が移住できるかどうかを調べに行っていたのだが、もはや地球には木星に移住できるような人類は残されていない。博士は探査船の5人のクルーに「地球に帰還せずに引き返せ!」と伝えるために、巨大アンテナのある天文台を目指して北極の氷原を横断するのである。
クルーニー演じる博士は、観測所に取り残されていた幼い少女と二人で、極寒の地を旅する。そして、連絡が取れなくなった地球に帰還しようとする探査船の姿が同時進行で描かれる。パニックを起こす一般市民の姿はほとんど映らない。ただただ北極と宇宙の魅惑的だが冷厳とした景色の中で、無力な人間たちの奮闘と葛藤が描かれているのだ。
博士はなぜ命を賭して、何を託すために探査船を救おうとしているのか? そして探査船のクルーたちは「故郷である地球で死ぬか、地球を棄てて宇宙の果てで生きるのか」という究極の選択にどんな答えを出すのか? 壮大なアドベンチャーとパーソナルな人間ドラマが、美しいビジュアルに包み込まれている。
『ミッドナイト・スカイ』 Netflixにて独占配信中
監督:ジョージ・クルーニー 出演:ジョージ・クルーニー フェリシティ・ジョーンズ デヴィッド・オイェロウォ カイル・チャンドラー デミアン・ビチル
■『カーゴ』
人類が見舞われる危機の中でもド定番となっているのが“ゾンビ”の脅威。正体不明のウイルスが爆発的に広がって、感染した人間は“生きる屍”となって人間を喰らおうと襲いかかる。例えそれが愛する人であっても……。『カーゴ』は、もはやホラーを超えてアクションからコメディまであらゆるジャンルに侵食しているゾンビ・ジャンルに、“親子愛”というテーマから斬り込んだオーストラリア産の意欲作だ。
主人公は、生まれて間もない赤ん坊を連れたごく普通の一家。ゾンビから逃れるためにボートハウスで川を漂っている。しかし残酷な運命が襲いかかる。まずは妻がゾンビに噛まれ、ゾンビ化した妻によって夫まで感染してしまう。夫がゾンビになるまで残された時間は48時間。例えゾンビになろうとも、絶対に赤ん坊は守りたい! 親の愛情以外、特殊な技能も知識も一切持たないただのオジサンが、ゾンビ化する恐怖を抱えながら、絶望が支配するオーストラリアの荒野に分け入っていく。
極限状態で娘への愛情を試される新米お父さんを演じているのは、『ホビット』三部作や海外ドラマ「SHERLOCK/シャーロック」で知られるマーティン・フリーマン。マッチョな要素は一切ない彼の持ち味が最大限に活かされて、共感度は120%。誰もが応援せずにはいられないだろう。また、オーストラリアの先住民アボリジニの文化が物語上で大きな役割を果たしていることも、ハリウッドで量産されるゾンビ映画にはない独自の個性になっている。
『カーゴ』 Netflixにて独占配信中
監督:ヨランダ・ラムケ ベン・ハウリング 出演:マーティン・フリーマン アンソニー・ヘイズ スージー・ポーター クリス・マッケイド
■『アイ・アム・マザー』
この映画が描いているのは、人類滅亡の危機ではない。もはや人類がほぼ滅亡してしまった近未来だ。あらかじめプログラムされていた「人類再生プログラム」が起動し、一台のロボットが作り出される。そのロボットが、保存されていた人間の胚からひとりの少女を作り出す。そして、外界から隔絶されたシェルター施設の中で、母親として育てるのだ。
ロボットは、来たるべき人類再生に向けて、少女に歴史や高度な医療技術、そして優しい心まで教えていく。保護者であり、教師であり、そして何よりも“母親”であり、少女は“母親”の愛情を疑うことなくすくすくと育っていく。ところがある日、外界から負傷した人間の女性が助けを求めてきたことから、少女が信じてきた現実が揺らぎ始める。
人類はすべて滅んだのではなかったのか? ロボットは人類の敵なのか? 見知らぬ生身の人間か、自分を育ててくれたロボットか、信じるべきはどちらなのか? ほとんどのシーンには、新星クララ・ルガアードが演じる少女と、『X-MEN:アポカリプス』のローズ・バーンが声を務めるロボットの“母親”、そしてオスカー俳優のヒラリー・スワンクが扮する、ロボットを恐れ、憎んでいる外界から来た女性の3人しか登場しない。最小限の登場人物と限定された状況の中で、“真実”をめぐる心理サスペンスが展開するのである。
研ぎ澄まされた脚本は、ハリウッドで注目の脚本だけが選ばれる「ブラックリスト」入りをするなど高く評価されていたもの。ストイック且つハイクオリティで、ロボットも人間もキャラクターとして魅力的だ。まさにディストピアSF映画の醍醐味が詰まっている。
『アイ・アム・マザー』 Netflixにて独占配信中
監督:グラント・スピュートリ 出演:クララ・ルガアード ローズ・バーン ヒラリー・スワンク ルーク・ホウカー
■『バード・ボックス』
サンドラ・ブロックが主演と製作を務めた『バード・ボックス』は、Netflixのオリジナル映画の中でも指折りの視聴者数を獲得した大ヒット作。突然訪れた謎の脅威によって人類が滅亡寸前に陥る――という基本設定は、決して目新しいものではないのだが、“脅威”がこれほどまでに得体が知れない映画も珍しい。
本作で人類が見舞われる災厄は、ゾンビでも巨大隕石でも宇宙人でも自然災害でもない。いや、そのどれかなのかも知れないが決してわからない。なにせ、基本ルールが「見たら絶対に死ぬ」なのだ。何が起きているのかはわからないまま、“ソレ”を見てしまったが最後、人間は自分を傷つけ、死なずにはいられなくなるのだ!
見た人はもれなく死んでしまうので、生存者たちは誰も“ソレ”の正体がわからない。恐ろしい怪物なのか、感染する病原菌なのか、オカルト的な呪いなのかもわからない。「決して○○してはいけない」は『エルム街の悪夢』から『クワイエット・プレイス』までさまざまなホラーが活用してきた定番技だが、本作では目隠しというアナログアイテムで、登場人物と一緒に観客まで視界を奪われてしまう。しかも力ずくで“ソレ”を見させようという集団まで現れるのだから、さすがに難易度が高すぎるのではないか?
そんな絶体絶命の危機にサンドラ扮する主人公が立ち向かおうとするのは、まだ幼い二人の子供を救うため。それが母性愛ゆえなのかどうかは映画で観ていただくとして、キャラクターにも観客にも強靭な意思が試される、まさに究極のサバイバル映画であり、ひたむきな想いを描いたラブストーリーなのである。
『バード・ボックス』 Netflixにて独占配信中
監督:スサンネ・ビア 出演:サンドラ・ブロック トレヴァンテ・ローズ ジョン・マルコヴィッチ サラ・ポールソン