香川京子が『東京物語』の貴重な製作裏話を披露!『小津4K 巨匠が見つめた7つの家族』トークショー レポート

世界に誇る日本の巨匠で、今もなお国内外で高い評価と支持を得ている小津安二郎。生誕115年にあたる今年、4Kデジタル修復版特集上映『小津4K 巨匠が見つめた7つの家族』が、11月2日に公開初日を迎え、これを記念して、11月3日に角川シネマ有楽町にて、『東京物語』に出演する香川京子のトークショーが行われた。

11月3日という日は、『東京物語』がちょうどいまから65年前の1953年に初日を迎えたという日。そうした記念日に、凛とした美しさと品格で現在も第一線で活躍する香川京子が、小津安二郎監督や原節子との思い出、『東京物語』撮影当時の秘話などを語った。

香川が小津安二郎監督の作品に出演したのは『東京物語』の一本のみ。ただ、世界的に評価され、今なお愛され続ける名作である『東京物語』に参加できたことは、「今考えると本当にありがたく、幸運なことでした」と語る。「以前に映画祭の審査員を務めた際に、賞をお渡しした若い外国の監督さんから“『東京物語』を見ました”と言われたり、イタリアの審査員の方から、“映画の勉強をしているときに『東京物語』を見ました”と言われたり、本当に世界中の皆さんが『東京物語』をお手本にしているんだと改めて感じましたね」と語った。

新東宝のニューフェイスとして1950年にデビューした香川、『東京物語』では、平山家の次女で小学校の教員、その役名も「京子」として、小津組に初参加することになった。「小津監督作品ということももちろん嬉しかったのですが、まずはなにより憧れの原節子さんとご一緒できることがとにかく嬉しかったです」と語る香川。「原さんは本当に明るい方、美しい方、初めてお会いできたときはまだ自分はデビュー前でしたが、私にとっての憧れでした。小津監督の映画のなかでは、原さんは神秘的な印象があるのですが、実際に会うと本当に元気な方で、笑う時も大きく口をあけて笑う、太陽のような明るい方でした」。そんな“憧れ”の原節子とこの『東京物語』で初めての共演。映画製作の序盤で広島・尾道でのロケで一週間ともに過ごした時には、「尾道で滞在する旅館の部屋はお隣。でもそんなにしょっちゅう行っては失礼ですし、ちょっと行ってはちょっと話をして帰ってくる、そんな程度でした」。作品の中では、原節子とのおよそ三分間もの二人芝居を演じ、ひとつの見どころとなっている。一方で、父親役を演じた名優・笠智衆とも『東京物語』が初共演。当時まだ四十代でありながら、年のほとんど変わらない杉村春子や山村聡らの父親を演じていた笠について、「まだ現場でもあまり話したことがなかったので、ああいうおじいさんだ、と思っていました。だってそんなにお若いと思っていなかったですから。あとで聞いてびっくりしちゃって」と、会場は爆笑に沸いた。

「小津監督はあまり細かい指示は出さなかったですけど、言葉については非常に大切にしていて、もう半音上げてとか下げてとか、本当に方言ってそれだけで違うんですよね。とても難しいものでした」と、尾道の言葉をセリフとしてではなく、普段自分の話している言葉として話すということの難しさを語る。非常に細かな仕草や動作まで演出すると言われている小津監督から、「私はそんなに言われた覚えはありません。役柄が本当に当時の自分にぴったりで、“世の中っていやね”という怒りの感情も、泣く芝居も無理なく自然にできた。自分が(劇中の京子と同様に)若かったから」。ただ、時を置いて改めて作品を見直していくと、その見え方感じ方も変わってくるという。「自分が結婚して、子どもができて、と年齢を重ねていくと、今度は逆に、杉村春子さんや山村聡さんの立場が非常によくわかる。それぞれの年代で、それぞれの立場がすごくよくわかる」と、『東京物語』の、小津監督作品のもつ普遍的な魅力を語る。小津監督以外にも、溝口健二監督や黒澤明監督、成瀬巳喜男監督、三船敏郎や長谷川一夫といった巨匠や名優らに囲まれながら作品に出演し続けた香川は、「自分が出てこの作品を壊したらどうしようという、緊張感の連続でした。とにかく一生懸命ついていくのに必死でした」と語った。

聞き手の立花珠樹(共同通信社編集委員)から、『東京物語』に助手でついていた高橋治の著作『絢爛たる影絵 小津安二郎』(岩波現代文庫)に記されている、撮影最終日に関する興味深いエピソードについて香川京子に尋ねた。そのエピソードというのは、『東京物語』撮影最終日、香川が小学校の教室で生徒に教えながら、帰京する原節子に思いを馳せるという場面であったが、その撮影が終了すると、小津監督が香川のもとにやってきて、両手で握手し、「香川さん、ありがとう。また一緒に仕事をしようね」と言ったというもの。このエピソードを聞いて、香川が咄嗟に「嘘よ、それ!私は小津監督と握手をしたことはないです。嘘よ~」と、上品で優しい語り口で否定する香川に場内には再び大爆笑が沸き起こった。「だって、もしそんなことがあったら忘れるはずないじゃない。そんなこと言われたら嬉しいですけど…でも記憶にありません。他の方だったのかもしれませんね」と続けた。

『東京物語』に出演した頃の香川はデビューして間もなくの頃で、当時すでに大監督として確固たる地位を築いていた小津監督と直接に話す機会はあまりなかったという香川。ただ、撮影の合間で照明の準備を待っている間に一度、監督から印象的な話を聞いたという。「小津監督は、“僕は社会のことにはあんまり関心がないんだよね”と言ったんです。私はその当時、『ひめゆりの塔』に出演して、女優も社会人のひとりとして、戦争だとか平和とか考えなくちゃいけないんだと教えられたいた頃であったので、そんな小津監督の言葉に驚きました」。それから本などで小津監督の言葉に触れ、その真意がわかったという。「小津さんは、“社会性がないといけない”という人がいるが、ただ人間を描けば社会が出て来るのに、テーマにも社会性を要求するのは性急すぎるんじゃないか。僕のテーマは“もののあはれ”という、極めて日本的なもので、日本人を描いているからにはこれで良いと思う、とおっしゃっています。とにかく人間を描けば、言葉で言わなくても、自然に表現できるということですね。俳優としても、この“人間”を本当によく表現しなくちゃいけないんだと改めて教えられました」。『東京物語』で描かれている人間たちは、普遍的であるがゆえに、世代を超え、国境を越え、今なお評価され続けている。ちょうど65年前の1953年11月3日に公開された『東京物語』について、65年後である2018年11月3日、出演した香川京子から小津監督、原節子についての話の数々が披露された、貴重なトークイベントとなった。

『小津4K 巨匠が見つめた7つの家族』
11月2日(金)より角川シネマ有楽町ほか全国順次公開中