1969年8月に第1作が劇場公開され、これまでに特別篇を含む全49作が製作された国民的人気コメディ映画『男はつらいよ』シリーズ。風のように気ままな“寅さん”こと車寅次郎は、時代も世代も超えて愛され続け、本シリーズは2019年に50周年を迎える。それを記念し、50周年プロジェクトとして、50作目となる最新作の製作や全49作の4Kデジタル修復など様々な取り組みが行われることが決定。このほど、9月6日に新宿ピカデリーにて、『男はつらいよ』4Kデジタル修復版上映と50周年プロジェクト発表会見が行われ、山田洋次監督、倍賞千恵子、松竹株式会社代表取締役会長の大谷信義、常務取締役の大角正、プロデューサーの深澤宏、メディア事業部長の森口和則が登壇した。
会見に先立つ第1部では、4Kデジタル修復版の第1作『男はつらいよ』(1969)を上映。美しく甦った公開当時の映像と音楽、寅さんの巻き起こす騒動への笑いで場内は幸福感に満たされた。第2部の会見冒頭では、この会見のために特別に編集された特別映像を上映。MCの進行のもと、松竹株式会社代表取締役会長の大谷信義より、第1作公開の前年1968年に入社後、社会人として『男はつらいよ』とともに歩み続けたエピソードの数々が紹介され、撮影現場で素人を急遽起用することがある山田監督により、京マチ子演じる綾のお通夜の場面で、渥美と倍賞の前を横切るが何度もやり直しとなり、靴がダメになってしまった思い出などが語られた。
メディア事業部長の森口和則からは、今回のプロジェクトのテーマについて、「私たちがこれまで歩いてきた道と、これから歩く道、次に踏み出す一歩が本当にたどり着きたい未来に繋がっているのか。『男はつらいよ』を“人生の道しるべ”としていただきたい」と思いが語られた。さらに50周年プロジェクトのメインビジュアル、ロゴなどの紹介に続き、4Kデジタル修復について紹介。全国の劇場からフィルム上映の環境が失われ、『男はつらいよ』が見られなくなっている状況の中、1本でも大変な4Kデジタル修復を全49本行なう趣旨が発表され、修復作業の前と後でどのように変わるのかという解説の映像の上映のほか、テレビ放映、葛飾区との協働、展覧会や新キャラクターデザイン、小説の出版などの数々のプロジェクトが紹介された。
公開50年目に50作目となる新作の製作が発表されたところで、ゲストが登壇すると大きな拍手で迎えられた。常務取締役の大角正は「日本で映画が生まれて120余年ほど、2020年には松竹キネマが100年を迎える。その映画の歴史のうち50年をかけて一つの映画を作るという、山田監督の執念がすごい。世界で類を見ないこと。松竹は『マダムと女房』で無声映画からトーキーへ、『カルメン故郷に帰る』でモノクロからカラーへと、日本映画で初めての取り組みに挑戦し、映画を大切にしてきた。フィルムから2K、4K、8Kとフォーマットがどんどん変わるが、50年後も愛されるように取り組んでまいりたい」と語った。
山田洋次監督は「戦後、70年を越えた。振り返ってみれば60年代後半から70年代の初めが日本人が一番元気だった。その、日本人にとって一番幸せな時代に寅さんが生まれた。頭も顔も悪く、お金も何の取り柄もない男が、思いがけないヒットを飛ばして何作も続編を作ることになった。今という時代になって、寅さんを見直してみることによって、元気一杯だった時代を思い出しつつ、次の時代へのギアチェンジをしなければ、と寅さんを見ながらふと考えてみる、そんな映画を作りたい」と意気込みを語った。
続けて、倍賞千恵子は「こんにちは、元・さくらで、これからもさくらです」と場内を和ませた後、自身の家もある北海道で発生した大地震と被災地への心配を口にした。まずは1作目の頃の思い出として「よく笑って、叱られた。この作品がこんなに続くとは思わなかったし、山田監督も思っていなかったはず。この1作で終わるんだなと思いながらの撮影だったが、こんなに長いシリーズとなった。その間、諏訪さくらと倍賞千恵子という人生を生き、『男はつらいよ』の中で社会や世間や、演じることを学んできた。この映画には日本人独特の思いやりや愛情がある。それが、こんなに長く愛されてきた理由かな、と思う。これまで171本に出演してきたが、その3分の1は寅さんの撮影で、私にとっての青春でした。そのうちいい歳になってきたので、(映画のくるまやの)おばちゃんみたいなさくらを演じればいいのか、どうずれば良いのか、まだわからないのですけども…」とさくらを演じることの嬉しさと、これまでにない役の複雑さを語った。
本作の深澤宏プロデューサーからは、新作について「10月中旬から撮影所や柴又など、寅さんゆかりの地で都内ロケが行われること」「主演は渥美清」「倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆を始めとしたくるまややおなじみの人物が登場すること」などの概要が説明された。50年をかけてさらに1本を加えた、50本目を作るワクワクを感じている、との思いも語られた。
マスコミの質疑応答では、記者からは「50年という時間に対する感慨や、新作についてもう一言をいただけないか」との質問があり、これに対して山田監督は「第1作の終わりで博とさくらが結婚してオギャーと赤ん坊(満男)が生まれた。その満男をずっと撮り続けて、小学生から中学、高校へ進み、恋をしていろんな経験をする成長を追いかけた。その周りの家族も一緒に年をとっていく。これを振り返ると実に面白いが、全部を振り返るには長すぎる。この成長のプロセスを凝縮すると面白いんじゃないか、そんな映画は今までないんじゃないかと思うようになった。フランソワ・トリュフォー監督が『大人は判ってくれない』のジャン=ピエール・レオーを20年後に起用して青春映画を作っていたが、『男はつらいよ』は毎年毎年、継続して年に2回ずつ成長の記録を追いかけてきた。一人の少年の精神世界の成長を描いて大人になってしまうまでを、なんとかして映画にして、面白く伝えられないか。何年も前から考えていたことが、50周年を機に実現できる」と新作への思いをたっぷりと語った。
倍賞からは「50年はすごい」との素直な気持ちに続き、「新作のお話を聞いたときに、『えっ、お兄ちゃん(寅さん)いないのに、どうするんだろう?』と驚いた。でも、山田監督はそのままでいいよとおっしゃった。どうやればできるのかしらと思っていたけれど、寅さんは実はずっと皆さんの心の中に生きていたんですね。そのみなさんの心が山田さんを動かしたんじゃないかと思っています。もしお兄ちゃんがどこかで見ていたら、『おい、さくら、まだ山田監督と映画を作るんだよ』と言っているような気もするんですね」と、諏訪さくらとして生きてきた倍賞ならではの感覚で語った。続けて「4Kデジタル修復でいま観ていましたが、とても綺麗な映像だな、そして若いさくらも綺麗だし、シワがないなと思った(笑)」と会場を優しい笑いで包み、「23年ぶりに諏訪家のみんなと映画を作ることができて嬉しいです」と語ると、山田監督は「さくらはどこかでお兄ちゃんは生きてると思ってるよ」と優しく語りかけた。
さらに新作について質問を重ねた記者に対して、山田監督は「主演はあくまでも渥美清であることが大事。その上で、いま、僕たちは幸せかい?との問いかけが、この作品のテーマになるんじゃないかと思う。新作の中で、この映画の全ての登場人物に観客は出会えるんじゃないかと思っている」と新作への思いを重ねた。50年をかけて50本の映画を作るという、映画史に刻まれる大きな挑戦に対して、大きな期待が込められた拍手で会見は締めくくられた。
■『男はつらいよ』シリーズ概要
作品データ:全49作(特別篇含む)
(第1作公開日:1969年8月27日/第49作公開日:1997年11月22日)
シリーズ出演マドンナ総人数:42名
原作:山田洋次
監督:山田洋次(第1・2作、5~49作) 森﨑東(第3作) 小林俊一(第4作)
脚本:山田洋次(第1~49作)
共同脚本:森﨑東(第1作) 小林俊一(第2・3作) 宮崎晃(第2~6、11作) 朝間義隆(第7~49作) レナード・シュレーダー(第24作) 栗山富夫(第24作)
撮影:高羽哲夫(第1~49作) 長沼六男(第48作)
音楽:山本直純(第1~49作) 山本純ノ介(第47・48作)
■『男はつらいよ』50周年プロジェクト
期間:2018年9月6日~2020年3月31日
※詳細:『男はつらいよ』公式サイト www.tora-san.jp/
『男はつらいよ』50周年プロジェクト公式サイト www.tora-san.jp/50th/