芥川賞作家・小野正嗣 × 濱口竜介監督『寝ても覚めても』トークショー レポート

東出昌大と濱口竜介監督がタッグを組み、芥川賞作家の柴崎友香による同名恋愛小説を映画化した『寝ても覚めても』が9月1日に公開となる。このほど、公開を記念して開催される「濱口竜介アーリー・ワークス Ryusuke Hamaguchi Early Works」のプログラムの一部として、8月18日にテアトル新宿にてトークショー付オールナイト上映が行われ、芥川賞作家・小野正嗣と濱口竜介監督が登壇した。

この日のオールナイトでは、濱口竜介監督が学生時代に映画研究会に所属していた頃に撮られた『何食わぬ顔』と、自身が講師を務めたENBUゼミナール映像俳優コース卒業制作『親密さ』を上映。まずはじめに小野は「本日は『何食わぬ顔』からの上映ですが、卒業論文というのは基本的に恥ずかしくて読み返したくないじゃないですか。本作は卒業制作ではないけれど、久しぶりに上映される今の心境は?」と質問。濱口監督は「気恥ずかしさのピークは越えました(笑)。8ミリ映画なのですが、現代の映画に慣れている人が観たら驚くぐらいの画質だと思いますし、これを大画面で観るとは思わなかったと驚かれるかもしれないですが、頑張って観ていただければと思います」と答え、すかさず小野は「“何食わぬ顔”で観てもらおうということですね」とタイトルに絡め、観客の笑いを誘った。また「当時から映画監督になりたいという気持ちはあった?」との質問に濱口監督は、「映画に関わって生きていきたいという気持ちはありました。ただこれが最後の映画になってしまうのかっていう気持ちもあったし、こういう風に撮れることは二度とないんだろうなと思っていました」と当時の心境を吐露。さらに「当時は、イメージしたものを撮らなければいけないと思っていたのですが、それが撮れないというのが映画研究会に属していた時にわかったんです。そして自分は、いま目の前にある人・ものが自分の撮りたい、そしてそれがきちんと映画になるんだという確信がだんだんと生まれていったんですよね。そして自分が今まで観てきた映画にどう近づけるかというのも考えていました」と語る。すると小野は「それは、ジョン・カサヴェテス監督の作品のような?」という質問に、「そうですね。『何食わぬ顔』は完全にカサヴェテス監督の『ハズバンズ』のぱくりみたいなものですよね(笑)。どの作品が好きですか、と聞かれる時に必ず答えるぐらい何回も挙げるほど好きでして。自分もこのような作品まで到達したいと思ったんです。『何食わぬ顔』は当時にしかないまっすぐな気持ちで撮れた作品です」と恥ずかしがりながらも今でも変わらない気持ちを語った。

この日上映される二本には類似点があると言う小野。「小説を書くときにも、意識していても無意識でも反復してしまうということがあるんですよね。『何食わぬ顔』は主人公たちが映画を作る話。『親密さ』は同じく舞台を作る話。このように“入れ子構造”に惹かれるのはなぜですか?」という質問に対し、濱口監督は「実は、発端は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんです。同じようなことがシーズンごとに繰り返されるじゃないですか。けれど、反復しているけれどもそれを同じものを見せられるわけではなく、別の視点から見ることができる。世の中にこんな面白いものがあるのか!と思う体験だったんです。『何食わぬ顔』も『親密さ』も入れ子構造を使用したのは、反復ができるから。物語の中で自然にもう一度出てきても、観客は違う捉え方をしてくれるはずだと思い取り入れました」と誕生秘話を明かした。そして小野は、新作『寝ても覚めても』にも同じことが言えるという。「『寝ても覚めても』も同じ顔の人が現れますよね。原作は柴崎友香さんの同名小説ですが、まさに濱口監督のために書かれた作品ですよね!」と小野の発言に驚きながらも、「たしかに、おこがましいですがそう思ってしまいましたね(笑)」と照れながら返した。さらに「柴崎さんに“映画化される時にどう思いましたか?”と聞いたら、“映画と小説は別のものだと思っていたし、監督にすべてお任せしたいと思っている”とおっしゃっていました。原作には書かれていないこともあったけれども、濱口監督の今までの作品の一貫性が本作にも表されていて、正直驚きを禁じ得ない作品でした」と小野の言葉に、濱口監督も喜びの笑みを見せた。

「濱口監督の作品は、なにかを正確に捉えている印象がある。『親密さ』や新作『寝ても覚めても』でも極めて正確に正当に精密に言葉が紡がれていると感じたんです。間(あわい)ものや曖昧なものを撮るからこそ、対象を正確に撮らなければいけないし、監督はそれを撮れるのはなぜでしょう?」という小野の言葉に、濱口監督は「『寝ても覚めても』への海外評で唐田えりかさんが演じるヒロインのことを“たぐいまれなる正確さ”という表現をされているんですね。それがなぜかというと、先ほど言った通りイメージをなるべくもたないように演じてもらう。役者さんがその場で初めて演じることで、その場でしか起き得なかったものが撮れるし、この台詞ってそういう意味だったのか、とこちらも驚くほど気づかされるんですよね。それを教えてくれたのが『親密さ』だった。それと同じく『寝ても覚めても』も演出していたので、二つの作品に“正確さ”というものを見ていただけたのかもしれません」と自身の見解を語った。そして最後に「柴崎友香さんの傑作小説を映画化した『寝ても覚めても』が9月1日より公開されますので、ぜひ劇場へ足を運んでいただければと思います」と強くメッセージを残した。

『寝ても覚めても』
9月1日(土) テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
監督:濱口竜介
原作:柴崎友香「寝ても覚めても」(河出書房新社刊)
音楽:tofubeats
主題歌:tofubeats「River」(unBORDE/ワーナーミュージック・ジャパン)
出演:東出昌大 唐田えりか 瀬戸康史 山下リオ 伊藤沙莉 渡辺大知 仲本工事 田中美佐子
配給:ビターズ・エンド、エレファントハウス

【ストーリー】 東京。カフェで働く朝子は、コーヒーを届けに行った先の会社で亮平と出会う。真っ直ぐに想いを伝えてくれる亮平に戸惑いながらも朝子は惹かれていき、ふたりは仲を深めていく。しかし、朝子には亮平には告げていない秘密があった。亮平は、かつて朝子が運命的な恋に落ちた恋人・麦(バク)に顔がそっくりだったのだー。

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