韓国で多発する実在の拉致・監禁事件を基に描く社会派サスペンス『消された女』が、1月20日より公開となる。これに先立ち、韓国の国民的アイドルgodや東方神起、神話のPVを制作し、ビジュアリストとしての地位を確立したイ・チョルハ監督が本作について語った。さらに、作家の岩井志麻子、中村うさぎ、映画界で活躍する杉野希妃が本作を称えるコメントを寄せた。
韓国では、精神保健法第24条を悪用し、財産や個人の利益のために、合法的に健康な人(親族)を誘拐し、精神病院に強制入院させる事件が頻繁に起こり、社会問題になっていた。本作は、それら実際の事件をモチーフに、人間の欲望のおぞましさ、そして正常な人間が非日常の世界に突如放り込まれる狂気の現実を問う問題作となっている。
イ・チョルハ監督 オフィシャルインタビュー
Q:保護者2人の同意と精神科専門医1人の診断があれば、患者本人の同意なしに「保護入院」という名の強制入院を実行できるという“精神保健法24条”を悪用した本作の題材に興味をもったきっかけ、映画にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?かなり社会問題になっていたのでしょうか?
監督:この映画の脚本を読んだ時、21世紀の現代において人権を無視した拉致監禁事件が発生しているという事実に驚愕しました。しかしその衝撃が大きかったからこそ、この主題に向き合う事ができたのです。これだけ発展した世の中で、こういった事件が発生するという事実に多くの人が問題意識を持つべきだと思いました。この精神保健法第24条を悪用した拉致監禁事件は一時期TVドラマでも流行りましたが、現実ではまだ同様の事件が横行していたのです。映画制作をしている間もこういった事件がいまだに起きている事に懐疑的な人もいました。事件は一般的ではなく、突如として起こる悲劇のような事としか捉えられなかったのです。
2015年、本作の予告編がきっかけになり、ある有名なニュース番組で「人権に関する特集」が組まれました。番組内で実際にある病院に連絡し、特定の人物を入院させたいと依頼した所、驚くべき事に本当に病院がその人物を迎えに来て入院させようとしたのです。韓国内の人権に対する意識とはこんなにも低いのです。この番組をきっかけに、その後も多くのニュース番組が人権に関する特集を組み、本作の映像の提供もしました。
低予算映画としてスタートしたので、宣伝も大変な点が多くありました。そんな中、多くのニュース番組で取り上げられた事は追い風になり、興行としても成功を収めました。韓国内では2017年4月に公開され、9月に裁判所から精神保健法第24条に関して「精神疾患患者の強制入院は、本人の同意がなければ憲法違反である」との判決が下されました。この法律を変える為には、多くの人の働きかけがありました。知識人への聞き取りや、国会議員への働きかけなど、それは多くの人による多くのプロセスがあったのです。その中で僕自身も本作の監督として、国会に行ったり証言をしたりする事がありました。僕は映画監督であってそんなに力のある人間ではありません。でも本作を通して、こういった事に携わる事ができて誇らしい気持ちになりました。映画や芸術、文化というものは、人々の意識に働きかける事ができます。だからこういった何かのきっかけを作るといった意味では、とても有効でもあるのです。本作がそういった意味で法律を変えるきっかけになった部分があったとしたら、映画制作者でもこうして社会に貢献できたことが、これほどまでにうれしい事はありません。
Q:カン・イェウォンの体をはった演技も素晴らしかったです。アクションシーンもすごい迫力でした。どのような演出を心がけたのでしょうか?
監督:カン・イェウォンさんは、ヒット作も多いベテランの正統派女優ですから、何か演出的な事を言うというよりは、役に集中し入り込ませるという事に僕自身は注力しました。何かをしたとすれば、撮影の1か月前から話し合いを重ねて、役に向き合ってもらったことです。ですから、現場での細かい演出はありませんでした。(演出に関して)ひとつだけあるとすれば、元々の脚本は会話劇としての要素が強く説明的な部分がかなりあったのですが、それはかなり削りました。むしろ感情を身体、表情で表現してほしいと思いましたし、そうした事で、演技に集中してもらえる事ができたと思っています。
Q:イ・サンユンのキャスティングはどのように決まったのでしょうか?テレビで大活躍されている方ですが、今回お仕事をしてみていかがでしたか?
監督:最初の脚本では主人公が拉致されてどこだかわからない田舎に連行されるというもので、ナ・ナスムの人物設定ももっとワイルドで、正義感に燃えるキャラクターでした。しかし実際に起きている事件は私たちが暮らす都会で発生しているというのと、イ・サンユンさんのイメージもあり、舞台を田舎から都会に変更しました。その時点でクランクインまで1か月しかありませんでしたし、サンユンさん自身も映画は初めてという事もあり、オファーした時は少し悩んでいました。でも元々兄弟のように親しい間柄で信頼関係もあったので、「僕を信じてついて来て!」と言いました。なぜ都会に設定を変更したのか、ナ・ナスムがどういった人物像かを説明し、出演してもらえる事になりました。ちなみにサンユンさん自身は本当にいい人で、「少しは悪い人になった方がいいよ」というくらい優しくて信頼できる人物です。
Q:撮影中、最も大変だったこと、困難だったシーンをおしえてくたさい。
監督:低予算にも関わらず、都会に設定変更した事で多くの困難が発生しました。大量のエキストラも必要でしたし、カン・イェウォンさんが街中で拉致されるシーンの隠し撮りでは、通行人がとても驚いていました(笑)。準備期間が少なかったのもあり、都会の街中での撮影は大変でした。個人的には、セクシャルなシーンや、誘惑して仕掛けていくようなシーンの撮影は大変でした。撮影日数が限られていて、時間的余裕を持って取り組めなかった部分もありました。もっと時間があればと思う事もあり、そこは皆に対して申し訳なく思っています。
Q:最後のどんでん返しが衝撃的ですが、初めからあった設定なのでしょうか?
監督:海外メディアからも同じような質問をよく受けます。はじめの脚本とは人権に対する問題を追わせる人物の設定をかえました。もしかすると、見方によっては全てが「嘘」「狂言」とも思えるわけです。そこに観客はある種の裏切りを感じたりもするでしょう。だからクライマックスのシーンはスピーディーな編集を心掛けました。また、僕はもっと観客の想像力をかきたてるようにしたかったので、はじめの脚本にあったそういったシーンは削りました。例えば、ノックの音が聞こえて誰が来たのだろうと、観客自身が想像するような形にしたかったのです。SNSには「最後の人はだれだ?」という質問が多くあがりましたが、観客の想像力に任せたかったので僕は答えませんでした(笑)。
Q:日本映画で好きな監督や作品、影響を受けた作品はありますか?
監督:大学では日本文学を学び、浄瑠璃を専攻していました。日本語は多少理解することはできるのですが、話すことはなかなかできないですね。作家では恩田陸さん、映画監督では黒沢清監督、特に『CURE』『アカルイミライ』、是枝裕和監督の『幻の光』『ワンダフルライフ』など好きです。日本の文学、映画などは韓国では禁止されていた時期がありました。1980年代、僕が大学生時代はまだ一般的に観ることが出来ず、当時はビデオテープを借りて日本映画を観ていました。
Q:日本の観客へメッセージと、観客の皆さんへ本作を観る際に、ここに注目してほしいというところがあればおしえてください。
監督:僕自身、子供もいて家族がいます。常に社会に対して問題提起をするような、意味のある作品を作りたいと思っています。韓国ではハーフの場合、差別を受けることが多くあります。そういった社会的弱者にフォーカスを当てたのが、前作『ハロー?! オーケストラ』でした。僕は刺激的な作品より社会的弱者についてフォーカスをあて、その問題について考えられるような作品を作りたいと思っています。日本の観客の皆様にもそういった所に注目してほしいです。最近は皆、スマホに夢中ですが、もっと周りを見渡して、他人を思いやって、何かあった時には励まし合えるような気持ちを持ってほしいです。
■岩井志麻子(作家) コメント
誰かに憎まれるより怖いのは、誰にも信じてもらえないことだ。遠いあの世の地獄へ落とされるより恐ろしいのは、今自分がいる所こそが地獄と気づくことだ。
■中村うさぎ(作家) コメント
何が怖いって、この映画が「実話に基づいている」ことに背筋が凍る。健全な人間を精神病院に強制入院させるのは、無実の人間を刑務所に入れることに等しい人権侵害だ。そんな暴挙を許す法律は、いったい何を、そして誰を守るために存在してるんだろう。
■杉野希妃(女優・映画監督・プロデューサー) コメント
退廃的でポップで、社会派でエンターテイメント。緊迫感と熱量はさすが韓国映画。予想の斜め上をいく復讐劇に、最後は混乱と爽快感に包まれた。
『消された女』
1月20日(土)よりシネマート新宿・シネマート心斎橋ほか全国順次公開
監督:イ・チョルハ
出演:カン・イェウォン イ・サンユン チェ・ジノ
配給:太秦
【ストーリー】 大都会の真昼間、通りを一人歩いていた女、カン・スア(カン・イェウォン)は、理由も分からないまま突如誘拐され、精神病院に監禁された。そこで待っていたのは、強制的な薬物投与と無慈悲な暴力、そしてこれまで経験したことのない非現実の世界だった。狂気の中で、彼女は病棟での出来事を手帳に記録し始める。それから一年後、テレビ番組で火災事故を追跡していたナ・ナムス(イ・サンユン)プロデューサー宛に1冊の手帳が届く。ナムスはその手帳に記録されていた信じがたい事件の真相を暴くために、事故の唯一の生存者であるスアに会いに行く。取材を重ねるごとに彼女が体験した衝撃的な拉致監禁の事実と、その背後に蠢く底なしの闇が明らかになっていく―。
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