“ロシア映画”を締め出す世界的な動きが強まる中、息が詰まるような停滞感に覆われたロシア辺境を舞台に、キャンピングカーで旅をしながら移動映画館で日銭を稼ぐ父と、思春期の不安を抱える娘の成長を描き、2023年のカンヌ国際映画祭の監督週間に選出されたロードムービー『グレース』が、10月19日より公開されることが決定した。併せて、特報映像とティザービジュアルが披露された。
ロシア南西部の辺境、乾いた風が吹きつけるコーカサスの険しい山道。無愛想な目をした10代半ばの娘と寡黙な父親は、錆びた赤いキャンピングカーで旅をしながら移動映画館で日銭を稼いでいる。母親の不在が2人の関係に影を落とし、車内には重苦しい沈黙が漂っている。
2023年のカンヌ国際映画祭で上映された唯一のロシア映画として大きな反響を呼んだ本作。息が詰まるような停滞感に覆われたロシア辺境を舞台に、思春期の不安を抱える少女の成長譚を描くロードムービーである。父親への反発、思春期の戸惑い、そして終わりの見えない旅路。彼女が漂流する先には一体何が待ち受けているのだろうか。
監督・脚本を手掛けたのはロシアのドキュメンタリー出身の新鋭イリヤ・ポヴォロツキー。“ロシア映画”を締め出す世界的な動きが強まる中、2023年のカンヌ国際映画祭の監督週間に見事に選出され、その後もサン・セバスティアン国際映画祭を初め数多くの映画祭にノミネートされた。ポヴォロツキー自身は、カンヌ国際映画祭の会見でも言及しているように、ロシアによるウクライナ侵攻と政府の方針に対して明確に反対している。リベラルな表現者を自認する彼の関心は、ロシア周縁の人々の暮らしと尊厳を映像の力によって美しく厳かに描き出す事にあり、その確固たる姿勢は初めてのフィクション映画となった本作にも現れている。
果てのない荒涼とした外部の風景と、狭苦しい車の内部をそれぞれ完璧なフレーミングと⻑回しで切り取る空間設計は圧巻である。灰色と深緑の荒い粒子が印象的な16mmのフィルムには荒廃した風景が写りつつも、娘が着る衣服の明るさを際立たせるなど、全編を通して陰鬱さの中にも不思議な温かさが宿っている。アンドレイ・タルコフスキーをはじめとする偉大なロシアの先人たちや、ヴィム・ヴェンダース初期作のような雰囲気を漂わせながら、ロシア辺境の大地と人々を独自の感性で描写した。
本作が撮影されたのはロシアによるウクライナへの軍事侵攻が本格化する少し前の2021年秋である。意図的には描かれないものの、徐々に不穏と暴力がその映像の粒子に侵食していくようなこの映画から、現在も続く戦争の影を感じる事は避けられないだろう。既に何かを諦めてしまったような表情を浮かべる娘は、この国の行く末、そのただならぬ気配を感じていたのだろうか。母親も友人もいない。自分を守る家も法もない。生ぬるい共感や哀れみに一切なびくことなく、彼女はただやり場のない感情を沸々と溜め込んでいく。この果ての無い放浪の先に彼女を救うものはあるのだろうか。剥き出しのロシアの大地を舞台にした小さくも揺るぎない抵抗の軌跡は、美しい余韻を残すだろう。
『グレース』
2024年10月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督・脚本:イリヤ・ポヴォロツキー
出演:マリア・ルキャノヴァ ジェラ・チタヴァ エルダル・サフィカノフ クセニャ・クテポワ
配給:TWENTY FIRST CITY