【全起こし】池上彰が関根麻里にテロの盲点を語る。映画『パトリオット・デイ』トークイベント全文掲載

ボストンマラソン爆弾テロ事件を題材にした 映画『パトリオット・デイ』のPRイベントが、5月30日(火)に、東京・新宿の明治安田生命ホールで行われ、ジャーナリストの池上彰と、ボストンに留学経験のある関根麻里が登壇、トークを繰り広げた。今回はその模様を全文掲載でお届けする。

本作は、2013年4月15日に起こった、ボストンマラソン爆弾テロ事件の、犯人特定から逮捕までの驚くべき事件の裏側を描いた 実録サスペンスドラマ。ボストン警察、FBIはもちろん、ボストンのごく普通の市民ら“知られざる英雄たち”が全員一丸となってテロリストに立ち向かい、わずか102時間という短期間での犯人逮捕にいたるまでを描いた感動作だ。

IMG_2767

MC:お待たせいたしました。本日は映画『パトリオット・デイ』特別試写会にお越しくださいまして誠にありがとうございます。本日皆さんをご案内いたします、金子奈緒と申します。どうぞよろしくお願いいたします。本日は皆さんに映画本編をご覧いただくのはもちろんですが、上映の前に映画が100倍面白くなるスペシャルトークショーをお届けしたいと思っております。さっそくゲストの方々お呼びしますね。日本を代表するジャーナリスト、そしてもうひと方は今回の映画の舞台になっておりますボストンのエマーソン大学を首席で卒業されたあの方です。ざわざわしておりますが、お呼びしたいと思います。どうぞ盛大な拍手でお迎えください。池上彰さんと関根麻里さんです。(客席から歓声)悲鳴に近いような歓声も聞こえてびっくりしちゃったんですけども。
関根:謎のトークイベントだと伺っております。
MC:そうなんです。皆さんに詳細はお知らせいたしませんでした。トークショーがあるということだけだったので、今皆さんサプライズでお知りいただきました。お座りになっていただいて、お話しを少し伺っていきたいと思います。二人のことを改めて紹介することもないかと思うんですけども、簡単に限られた時間なのでお話を伺っていこうと思います。まずは池上さんよろしくお願いします。今回映画をご覧になって最初の感想はいかがでしょうか?
池上:事件そのものが非常に印象深くてですね、当時の様子をずっとフォローしていたものですから、「ああ、そうそう、こうなったよね」っていうのは確認したのですが、「なるほど、こうやって犯人を割り出したのか」……。これ以上はネタバレになるからね(笑)。
会場:(笑)。
池上:犯人が捕まったことは皆さんご存知だったわけですから、「ああ、こうやってやったのか」ってリアルに出てくるところがあるので非常に興味深かったです。
MC:そして関根麻里さんなんですけども、ボストンに留学経験もおありということで2013年のこの事件があった時のことってどのように記憶していますか?
関根:ただただショックで、その頃はもう日本で仕事もしていて朝の情報番組「ZIP!」の直前で、放送中にどんどん詳細が分かってくるという状況だったんです。そもそも『パトリオット・デイ』というタイトルにもなっているのですけど、この日にボストンマラソンが毎年ありまして、世界の中で一番古いマラソン大会なんですよ。ですからそこで走るということはランナーにとっても名誉なことであったり、そこで走りたいっていう方はたくさんいるような大会で、一年で一番多くの人がボストンに集まる日なんですよね。もちろん休日なのでお祭り気分で盛り上がって、私も大学時代ボストンにいましたからもうその日はボストンマラソンの日っていう日で、朝からランナーがたくさん公園のところに集まって、これから始まるぞというような明るくて楽しいわくわくするようなイベントでした。ボストンの街自体も普段は平和で、大学がたくさんある町なんですよ。ですから学生もたくさんいる、まさかそんなところでテロが起きるなんてっていうショックが大きかったですね。
MC:実際映画ご覧になってどのような感想を抱かれましたか?
関根:テロのシーンとかは本当に目が痛くなりました。犯人を捕まえてそれからも描いていますが、そこは皆さんもご存知だと思うのですけど、市民が一つになって「テロに負けないぞ」という力強いメッセージもこの映画から伝わってきました。

IMG_2662

MC:ありがとうございます。ここからは池上さんに本作の題材となったボストンマラソンテロ事件について少し観る前に知っておくと楽しめるというポイントをせっかくなのでお話いていただきたいと思うのですけど、最近はテロという言葉がニュースを観ていても避けることができない、残念ながらそういう言葉になっております。いま世界がどうなってしまっているのか、何が起こってしまっているのか、そのあたりが非常に気になりますよね。
池上:まさに最近でいうとマンチェスターでコンサートから出てくる人たちを対象に自爆テロが起きましたでしょ。これはね盲点を突かれたんですよ。つまりコンサートって大勢の人々が集まるわけでしょ?そうすると警察が厳重な警備をしているんですね。入ってくるところに金属探知機を置いたりして、ところが終わって出てくるところを普通警備しないわけですよ。
MC:入った人たちは安全で、武器は持っていないだろうという上でのですよね。
池上:やっぱり今回のマンチェスターの事件はコンサートから出てきたところで待ってるわけね。
MC:たくさん人がいる。
池上:たくさん人がいます。でも金属探知機は使用しないで、外で待っていて爆弾を爆発させた。これがねテロ対策の盲点を突かれたという点で、実はテロ対策関係者は深刻に受け止めているということなんですね。
MC:そんなテロに立ち向かう犯人を追い詰めていく警察なんですけども、今回映画を観ていると様々な警察組織が出てくるのかなというところがありましたのでぜひ。
池上:基本的にはボストン市の警察が出てくるんですけど、そのあと隣ののんびりとした警察が出てきますね。ウォータータウンという警察が、すぐ隣町に別の警察があります。そして皆さんご存知のFBIがあります。
関根:よく映画でも出てきますよね。
池上:これはハリウッド映画のお約束でね。まず事件が起きると現場に警察が行って、これは重大な事件だと分かったとたんにFBIが登場して。
関根:FBIの方が偉いんじゃないかというような印象を抱いてしまいますけども。
池上:偉いんですよ。アメリカは自治体警察で、ボストン警察のあとウォータータウンというのんびりとした街、ここは別の警察なんですね。
関根:普段連携っていうのは、ないっていうことなんですね。
池上:ないです。制服が全然違ったでしょ。マサチューセッツ工科大学、MITのキャンパスの中でもMITの警察が出てくるんですよ。これ日本人の多くが知らないと思うんですが、大学警察なんですよ。MITマサチューセッツ工科大学が持っている警察がありまして、これが実際にパトロールカーでパトロールしているんですね。
関根:日本の大学ではそういうのはないんですか?
池上:ありません。だってアメリカの大学って国立大学が存在しないわけでしょ。マサチューセッツ工科大学もハーバードもボストンも。
関根:私立ですね。
池上:私立大学にもかかわらず警察を持っているんですよ。
関根:すごいですよね。ちゃんと警察の権限を持っている?
池上:持っています。拳銃も持っています。いわゆる自治体警察というもので、ちょっと土地を離れてしまうと見られなくなってしますので、それを見るのがFBI。
関根:FBIは全部?
池上:FBIは全部をできる。基本的に州によって法律が違いますでしょ。州の法律に関するものは、その州の中の警察は自由に捜査できるわけなんですよ。マサチューセッツ州ボストンですね、だからマサチューセッツ州警察というのがあるんですよ。
関根:ボストンとはまた別にマサチューセッツ州警察それぞれあるんですね。
池上:州の法律に関するものはこれがやるんですね。州を越えての犯罪だったり、テロのような極めて重要な犯罪、もう一つ連邦法というのが別にあるんですけど、連邦法というのは50州すべてに適用されます。その連邦法違反に関してはFBIが捜査をするということになっているんですね。だから今回は爆発が起きたテロかどうか分からない。
関根:最初はテロかどうか分からない。ただ爆発があっただけかもしれない。
池上:そうですね。だから念のためFBIが呼ばれるわけでしょ。FBIが来て偉そうに「どいてどいて」って、FBIの連中は紺のスーツの上下に白いワイシャツできちっとネクタイをしているのが定番。FBIのおっさんが実際に現場に出て銃撃戦になりますと、もっといろいろな服を着るんですけど。
関根:普段はそういう。
池上:エリートですから白いワイシャツで、ちゃんとネクタイをして出てくるわけですよ。「テロかどうか分からないだろ」って言ってたFBI捜査官が、ある一点に気づいた瞬間、「これはテロだ」って叫ぶでしょ。
関根:テロだって確信するシーンがありますもんね。
池上:つまり爆発が起きたからといってテロかどうか分からないわけですよね。FBIがなぜテロだって断定したのかを注目してご覧ください。それからMIT警察を私が何でこんなことを言ってるかというと、MITの警察も重要な役割で出てきますということなんですね。アメリカでは自治体警察で、日本も戦後アメリカが日本を占領している時に日本の警察を自治体警察と国家警察に分けたんですよ。アメリカ風にやったんですね。
関根:そういう時期があったんですね。
池上:そうすると船橋警察本部、千葉市警察本部、牛尾警視庁といろいろな地域が警視庁を名乗ったんですよ。それぞれいろいろな自治体がそれぞれ警察になり、国全体は国家警察、日本版FBIが作られたんですよ。それが浦和で事件が起きてすぐに川口に逃げちゃた時に別の警察で全然捜査にならない。アメリカのようにものすごい広い面積だと良いけども、日本みたいに道路の向こうが違うと。
関根:そうですよね。
池上:これダメだよねってなってサンフランシスコ講和条約が終わってから都道府県単位の警察に再編成されたんですよね。だから東京都全部は警視庁、埼玉県全部は埼玉県警察本部でそれぞれ警察署がやる風になったのは戦後しばらくしてからなんですね。
関根:じゃ割と最近なんですね。
池上:国家警察がなくなったんですよ。警察庁っていうのがあるんですけども、警察庁っていうのはただ単に霞が関の省庁なんですね。早い話省庁に制服警官は一人もいない。
関根:いないんですか?
池上:あそこは全部お役人。全国の47都道府県+皇宮警察、つまり48の警察本部の連絡調整をするのが警察庁で、警察庁に捜査員はいないんですよ。だから警察庁特別捜査官という名刺を渡されたら詐欺ですからね。
関根:(笑)。気を付けましょう。
池上:なんだけどアメリカにはこのFBIというのがある、日本にもこういうところが必要なんじゃないかという議論もあるんです。ここは警察が全然違うというところなんです。私ばっかりしゃべっていてもしょうがないですけど。
関根:いえいえ。でもそうやって地元警察とFBIがもめていうのもアメリカ映画のあるあるですよね。
池上:そうですね。必ずお約束ですよね。なんですけどすごい凶悪事件になりますとFBIが全部指揮を執るけども、それぞれの地元の警察も協力をするっていう体制をとるんです。
関根:当然ですけどね。そうあってほしいですけどね。

IMG_2671

池上:もう一ついいですか。『パトリオット・デイ』ってつい日本語の発音するんですけども。ここは関根さんですか?(笑)。英語で発音してもらいましょうどうぞ。
関根:Patriots Day.ペイですね。ペイトリオッツデイ。
池上:と言います。それからアメリカの迎撃ミサイルもパトリオットって表記されるんですけど。
関根:Patriots.
池上:だから“愛国者の日”というのも、その日に起きたということですけども。「Patriots Day.」の由来を述べよ。
関根:由来ですか?愛国者の…
池上:“愛国者の日”はどうしてできたのですか?四月の第三月曜日。
関根:毎年の?
池上:毎年。
関根:あの…
MC:伺いましょう(笑)。
関根:間違えたことを申し上げたらいけないので。
池上:マサチューセッツなどあのあたり三つの州の。あのあたりではイギリスからの独立戦争がありました。イギリスの独立戦争の最初の本格的な戦闘が行われて、独立のアメリカ側が大きな勝利を収めた日。
関根:ちょうどあそこから攻めてきたんですよね。
池上:だからそこを記念してペイトリ…
関根:Patriots Day.
池上:って言っている。だからあのあたりだけの祝日であって、全米全体の祝日ではないのですね。
関根:確かに。全米じゃなかったですね。その日がその地域で勝利を収めたっていうのが。
池上:州によって祝日が違うんですね。だからほかの州は休みでも何でもない。すみませんちょっと発音していただきたかったもので。
MC:そんな日に起こされてしまった事件だからこそ衝撃も大きかったし、それに立ち向かう人々のエネルギーも大きかった感じが映画を観ると感じるかと思います。そろそろお時間が来てしまったんですが、最後に麻里さんにお聞きしたいのですが、“ボストン・ストロング”この映画にもちょろっと出てくると思うんですが、こういったショッキングなことが起き、それに立ち向かう人々が“ボストン・ストロング”をスローガンのようにして団結した。麻里さんは2006年までボストンにいらしたということで、その後は日本にいらっしゃるわけなんですが、日本からそんなボストンをご覧になって何か人々の強さ感じるなということはありますか?

IMG_2666

関根:このマラソンテロが起きたその翌年の同じ時に「マラソンを必ずやるぞ」と言って、中止にはせずに「こういうことが起きたからこそ、私たちは屈してはいけない、私たちは強いんだ。それを証明しよう」と言って、そこから毎年変わらずマラソン大会を行っているところとか、強さを感じますね。ちなみに今年ももちろんありましたし、もうすでに来年の受付も始まっています。そういう力強さっていうのは、人々が集まって団結したからこそ証明できたと思いますね。
池上:やっぱりボストンには地元の野球の球団があるんで、それで団結しやすいってのがありますね。どうぞレッドソックスを正確に発音してください。
会場:(笑)。
池上:伏線ですから。映画を後で観た時になんで私が関根さんにこんなことを言わせていたのかっていうのが伏線になっていますからね。映画の冒頭にはいろいろな伏線があるように、今日は冒頭に伏線がありますから。発音してください。
関根: Red Sox.
池上:映画をご覧ください。今日はそのシーンで笑いが起きるんじゃないかな。本来は笑いが起きるはずじゃないんですけど、伏線をきっかけに皆さん、笑われるんじゃないかと。
MC:ありがとうございます。続いてフォトセッションに参りたいと思います。

(フォトセッション中)

IMG_2648

MC:では続いてムービーの方にお願いします。
池上:ではマイクなしなんですけど、2013年のこの事件で大きく変わったことがあります。警察の広報です。この時にボストン警察は犯人逮捕の為に、市民からの協力にツイッターを使うんですね。2013年ってまだ警察がツイッターを使う発想がなかったんです。ツイッターで犯人の情報を呼び掛けて、途中で「どこそこ現在追跡中です」と速報するんです。結果的にマスコミが警察発表を待っているのではなく、警察のツイッターを見てそれをニュースで速報する。
関根:その方が早いってことですね。
池上:CNNテレビがですね、「ボストン警察のツイッターによりますと」と言ってスマホを見ながら記者がしゃべっていました。
関根:面白いですよね。今まではそういうのはなかった?
池上:なかったです。2013年から警察の広報のやり方が大きく変わった。ただそのシーンはここには出てきませんが、実はそういう背景がここにはあった。で、ほら特に…ああこれは言わない方がいいか(笑)。
会場:(笑)。
MC:ご協力ありがとうございました。これから皆さんご覧になっていただくので、ここまではというラインがあるかと思うんですけど、最後にひと言ずつ、これからご覧になる皆さんにメッセージがあればお願いします。
池上:東京も東京マラソンがありますね。ボストンマラソンでテロがあった以降、東京マラソンも警備体制が大きく変わったわけです。警察官が収録するカメラを持って走るようになった。だから実は東京マラソンの中でも実はランナーの恰好をして警視庁の警察官が走っているんです。
関根:ランナーとして?じゃ体力がないとだめですよね(笑)。
池上:そもそも警察官は体力がないとだめですから。こういうところでテロ対策が行われるようになったのですが、2020年の東京オリンピックでもやっぱりマラソンがあるわけでしょ。そういう世界が注目するイベントがある時にテロリストはアピールをするということがある。その時にそれこそボストンマラソンというのは他人ごとではないということですね。そういう問題意識も持ちながらご覧いただければと思います。
関根:ボストンマラソンのテロっていう事件はもちろん知ってはいたんですけども、裏で実際極めて短期間の間に犯人を確保したのかっていうのはこの映画を見て、こういう風に捜査をしていたんだ。こうやってみんなの協力があったから事件解決につながったんだ。そしてテロには負けないぞという人々の力強いパワー、そしてメッセージを感じることができましたので、すごく胸を締め付けられる思いから感動したりと、いろいろな感情を起こしてくれるそんな映画だったので、皆さんぜひじっくりとご覧ください。
池上:最後にもう一度ボストンの野球の球団の名前をお願いします。
関根:Boston Red Sox.
MC:しっかりと胸に刻んでいただいて、この後映画を楽しんでいただきたいと思います。ということでお付き合いしていただきましてありがとうございます。池上彰さん、関根麻里さんでした。

IMG_2738

『パトリオット・デイ』
2017年6月9日(金)、TOHOシネマズ スカラ座他にて全国公開
監督・脚本:ピーター・バーグ
出演:マーク・ウォールバーグ ケヴィン・ベーコン ジョン・グッドマン J・K・シモンズ ミシェル・モナハン
配給:キノフィルムズ

(c) 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved