作家・櫛木理宇による同名サスペンス小説を、白石和彌監督が阿部サダヲと岡田健史共演で映画化する『死刑にいたる病』が、5月6日より公開される。それを控えた4月23日、白石和彌監督が、早稲田大学を代表する授業「マスターズ・オブ・シネマ」へ登壇し、教員が聞き手となるなか、過去作から最新作『死刑にいたる病』まで濃厚なトークを展開した。最後には学生の質問に答えるQ&Aも行った。
映像制作者たちが、制作にまつわるさまざまな事柄を語る本講義では、過去様々な映画監督が登壇しているが、白石監督は初登壇。学生より多くのリクエストがあったことから実現したそうだ。聞き手は谷昌親教授が担当した。
谷教授は「“観客に刃を突き付ける映画”を試みている監督」と称して、白石監督を迎え入れると、はじめに監督になったバックグラウンドや師事していた若松孝二監督との出会いなどを語った。若松監督へ捧ぐ『止められるか、俺たちを』に言及すると、「この頃の若松さんは生き生きとして撮影していた。若松さんの怒涛の作品ラッシュの時代に僕はいなかったので後悔として残っていた。なので、助監督の吉積めぐみさん視点で描けば追体験できるのではと思い、周りにも相談して作ることを決意した」と経緯を明かした。谷教授が「70年代の感じがよく出ている」と本編映像を見ながら振り返ると、白石監督は「当時は、ジャズ喫茶でエキストラだけでなく、主演の男の子をスカウトしたりする、出会いの場だったと聞きました。でも、きっと喋っている悩みとかは場所が違うだけで今も変わらないのではと思う」と語った。
『凪待ち』の話に移ると、石巻市での撮影について「震災の話を入れたかった。現地に行ったら20mくらいの防潮堤が立てられていて、海が見られなかったのが衝撃でした。地元の方々が“これではどう暮らしていけばいいかわからない”と話していて、それがより心の傷を大きくしているのではと感じた」と明かし、「映画の中で少しでもきれいな海を映したかった。同時に防潮堤の残酷さも切り取ったりして、そういう部分を意識して撮影していた」と語った。また、白石監督は主演の香取慎吾について、「香取さんは重要なシーンでも説明するだけでスッと演じてくださって、ものすごく助けられました。シーンの入れ替えがあってもすぐに適応してくださって、瞬発力が高くなかなかいないタイプの俳優さんでした」と振り返った。
谷教授から若松監督との撮影スタイルの違いを指摘されると、「実は反面教師にしているんです。若松さんはその場の勢いで撮っていて、その急いでいる感じが映画のエネルギーに変換されている。僕が同じように撮ったら雑なものになってしまったので、自分は違うアプローチで撮るようにしている。ただ困った時は、若松さんならどう撮るかを考える時がある」と明かした。
新作の『死刑にいたる病』の話では、「『凶悪』と構図が似ている」と谷教授が言及すると、白石監督は「連続殺人鬼の榛村というキャラクターが素晴らしかったので、僕自身が見てみたいと思って映画化を決めた」と経緯を語り、「『凶悪』の面会室のシーンは主に切り返しのカットでしたが、今作では違うアプローチができた。『凶悪』を意識したからこそできた映画だと思う」と自信をみせた。また、「俳優の使い方が独特で、普段のイメージとは違う役をキャスティングしていて俳優の使い方が上手い」と谷教授に称賛されると、「違うことをやってもらうのが僕にとっても重要。仕事の話が来た時に俳優さんもなんで私に?と感じて、“この監督は自分の違う面も見てくれているんだ”と思うと、今までとは違うアプローチを意識してくださる。なので、演出の大部分はオファーの時点でクリアしているのではと思う」と白石監督。榛村演じる阿部サダヲについて、「『彼女はその名を知らない鳥たち』で阿部さん演じる陣治が満員電車で男性を突き飛ばすシーンがあるんですが、その時に“5分前に人を殺してきた目で見てほしい”とリクエストしたんです。その時ゾクゾクして印象に残る目をしていた。このシリアルキラーの目はあの時の阿部さんの目なのではと思った」とキャスティングについて明かした。
学生のQ&Aでは、映画を撮る前と撮った後で映画監督として自分の中で変わるものはあるか尋ねられると、「若松さんが亡くなった時に青春は終わったと思ったし、『止められるか、俺たちを』を撮り終えた時に人生の2章は終わったと感じた。徐々に作品を作っていく方向性は変化しているのかなとは思う。『日本で一番悪い奴ら』も青春っぽさがあると思うので、青春への回顧は多くなっているかなと感じます」と答えた。
色味が綺麗な衣装や照明でのこだわりについて尋ねられると、「毎作品、トーンはスタッフと相談している。一番はフィルムで撮りたくても難しいので、フィルムっぽく撮りたいとはリクエストしています。銀残し(※1)のように、どちらかというと色を強くしているというより、色を落としている。照明に関してはテクノロジーの発達などもあるので、良いものを作れるよう毎作品チャレンジしている」と明かした。
また、『止められるか、俺たちを』の劇中にも登場するセリフで“客にナイフを突きつける映画”を作るのは難しいのではと尋ねられると、「僕の作品がナイフを突きつけられているかはわからないですが、そういう志を持ったプロデューサーと出会えれば作れる。10億の作品などとなると話は別ですが、今は自主映画も作りやすい時代なので、可能性はたくさんあると思います」とアドバイス。
映画全体を通して、暴力や性的なシーンを入れる上での表現の目的について、「あくまで物語を語っていく中で必要だと吟味しながらやっている。暴力なしで描ける物語もあるかもしれないが、あえて選んでいるというのはあります。個人的にTVと色分けをしたいという意識が強いのと、背伸びして観られる映画が僕自身好きだったので、若い頃に観た“観ちゃいけないものを観ている”と感じる、そういう映画をイメージしながら作っている」と語った。
そして、過激なものを見せない今の社会の風潮に対して疑問を感じていると声が上がり、監督自身の意見を尋ねられると、「今の世の中、社会全体が抱えているものを見せなかったりするので、そこに疑問を感じている。ただ、TVのように無料で誰でも見られるものは規制が必要だと思う。お金を払って観る映画はクローズドで、表現はいろんな幅があるべきだし、多様性が必要。今の日本の映画界、メジャー作品含めそういうものが作れなくなってきている」と意見を述べ、「『凶悪』は隙間産業で少しでも目立つ監督になれるかなと思って取り組んだ。監督をやりながら観客の皆さんにどう楽しんでもらえるか考えながら作っている。映画業界は考えなきゃいけない問題がたくさんあって。それによって表現を委縮するのは間違っているけれど、表現する上で配慮しなければならないことはたくさんあると思う」と語った。
最後、「若い頃はいろんな可能性を持っている。ただ、だんだん年齢を重ねていくと、これをやりたいという“衝動”が薄れていくので、先々を計算しすぎずに自分の“衝動”と向き合って過ごしてもらいたいです。『止められるか、俺たちを』は“衝動”以外の何物でもなくて、僕がここで若松さんの作品を作らないと…という、まさに“衝動”で作りました。『死刑にいたる病』も榛村というキャラクターの物語を見てみたいという“衝動”で作ったので、ぜひご覧いただけたら嬉しいです」とアピール。Q&Aでは手を挙げる生徒が途切れず、終了後も監督へ質問したい生徒が列をなして一つ一つ丁寧に答えていた。
※1:「銀残し」は現像処理の一つで、渋めにすることで古い映画のようなノスタルジックさを感じる仕上げにすること。
『死刑にいたる病』
2022年5月6日(金) 全国公開
監督:白石和彌
原作:櫛木理宇「死刑にいたる病」
脚本:高田亮
出演:阿部サダヲ 岡田健史 岩田剛典 中山美穂 宮﨑優 鈴木卓爾 佐藤玲 赤ペン瀧川 大下ヒロト 吉澤健 音尾琢真
配給:クロックワークス
【ストーリー】 理想とは程遠いランクの大学に通い、鬱屈した日々を送る雅也(岡田健史)の元にある日届いた1通の手紙。それは世間を震撼させた稀代の連続殺人事件の犯人・榛村(阿部サダヲ)からのものだった。24件の殺人容疑で逮捕され、そのうちの9件の事件で立件・起訴、死刑判決を受けた榛村は、犯行を行っていた当時、雅也の地元でパン屋を営んでおり、中学生だった雅也もよくそこに通っていた。「罪は認めるが、最後の事件は冤罪だ。犯人は他にいることを証明してほしい」。榛村の願いを聞き入れ、雅也は事件を独自に調べ始める。そこには想像を超える残酷な事件の真相があった…。
©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会