原作者の押見修造「コンプレックスを乗り越えるのではなく、受け入れる」有識者、学生らと映画の魅力を語る『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』シンポジウムレポート

人気漫画家の押見修造による同名コミックを、南沙良と蒔田彩珠のダブル主演で映画化した『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』が7月14日より公開される。このほど、7月3日に東京大学にて特別試写会付きシンポジウムが開催され、「映画をきっかけに吃音について知ってほしい」とイベントを主催した学生吃音サークル「東京大学スタタリング」代表の山田舜也、原作者の押見修造、新著「どもる体」(医学書院)が刊行された伊藤亜紗(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)、本作で吃音監修を行った医師・富里周太(国立成育医療研究センター耳鼻咽喉科勤務)が登壇した。

まず、映画を観た感想を問われた押見は、「原作者としては非常に嬉しい出来。例えば、どもるときの体の力み方とか、体当たりで演じてくれた役者の演技が本当に生々しくて、自分を見るようで痛々しくもあった。でもそれが心地よくもあり、嬉しかったです」と語った。続いて、伊藤は「吃音と映画がすごく相性がいいということを発見しました。吃音は、言葉を通して“伝える”というよりも、身体を通して“伝わる”という部分があります。映像だとより身体にフォーカスされるので、とても映画的だなと思いました」と、映画と吃音の意外な関係性について語った。

映画で描かれる高校1年生という思春期ならではの葛藤と、吃音を抱え苦悩する志乃について、自身の思春期を振り返りつつ、押見は「吃音について悩んでいた学生時代は、自分自身で見て見ぬふりをして自分の吃音について調べようとはしなかったし、誰にも相談もしませんでした。この漫画を書くまでずっとこの体験や感情をしまっておいたんです」と話す。山田は「私は吃音について深く悩んでいたと思います。思春期になって吃音との付き合い方や難しくなる人が多いというのは、“羞恥”という感情を強く意識するようになるからだと思うし、実際に私もそうでした。私は、深いレベルで人と人とがつながるときには“恥ずかしい、でも大丈夫なんだ”という感情になったときに、深い関係が築けると思っています。映画を観て、志乃ちゃんがその後、どういう風に吃音や“恥ずかしい”という感情と付き合っていくのか気になりました」と、思春期の体験を交え語った。押見は、その感想に喜びつつ、「この作品は“恥ずかしい”という感情や罪悪感などの肯定に繋がればいいなという想いを込めて描きました。映画でもそれを汲んでいただいているのが嬉しいと思っています」と語った。

吃音は幼児期に症状が現れることが多く、悩みを打ち明けられず孤独を感じながら子育てをする保護者の方も多い。吃音がある子どもを持つ親たちのサポート環境について、医師として様々な患者と接する富里は「一番つらいのは、“自分の育て方がいけないのではないか”と、親として強く責任を感じてしまっている方が多くいること。(周囲が)そうじゃないよと伝えることが大事だと思います。サポート環境はまだ足りていないと思います。また、子どもたちも、年齢に合わせて吃音の捉え方は変わってきます。変化するなかで、一緒に向き合っていくという視点が必要だと思います」と述べた。

劇中、上手く話せない志乃を担任が励ますシーンに触れ、教員と吃音がある子どもの関係性について、押見は「自分はそっとしておいてほしかったですね。先生とは信頼関係の下地があればいいと思うんですが、いきなり吃音についてつっこまれても逃げ出したくなるだけなのかなと思う」と語った。一方、山田は「人によってどういう風に吃音と付き合っているのかはとても差があると思うので、あまり一般化しないで、その人全体を捉えて接してもらえるとありがたいなと思います」とアドバイスした。また、大学で教員として生徒と接する側に立つ伊藤は「授業で自分の吃音について話したことがあったのですが、その教室にいた生徒がたまたま吃音だったんです。授業後、その生徒はとても発言するようになりました。直接的なケアではないけど、体を開放していいんだよ、という文脈をつくることができたのかなと思っています」と、自身の経験を明かした。

劇中で加代が歌う「魔法」という曲は押見が作詞している。その曲に込めた想いについて、押見は「加代があの歌を歌ってくれたことが志乃にとって大事なんです。志乃が抱いている思いを加代に直接話したわけではないけど、志乃が“普通になれる”“魔法”が欲しいことを加代は知っていて。でも、そんなものはいらないんだよと、歌にして消化してくれた。コンプレックスを乗り越えるのではなくて、受け入れる話を描きたかったんです」と語った。それに対し、富里は「病院にくるということは治療法をもとめてくる。いわゆる“魔法”があると思って病院にくるので、まずは“魔法”がないことを受け入れることから始めようということになります。この作品のすごいところは、“魔法”がいらないと視点に切り替わるところですよね」と語った。

一般からの質疑応答では、様々な立場の参加者からの質問が飛び交い大いに盛り上がった。漫画と映画のラストの違いについての質疑に対し、押見は「ラストは違っているけど、本質的には同じだと思う。さらにそれぞれの登場人物たちの出発点を描いているのが映画の素晴らしいところだと思っています」と原作の根幹を受け継いだ映画に満足げに答えた。さらには、取材などは一切行わずに、自身の経験のみで書き上げた本作について、「この漫画は吃音をもっている人だけではなく、そうではない人にも読んでもらいたいと思っていた。“この感覚をわからせてやる!”みたいな。この作品に触れた人がこの感覚を疑似体験してもらえるように、ある種のパンク精神みたいな感じで描いていました」と、本作を生み出した原動力を語った。

本作をどんな人に観てほしいかという質問に対し、富里は「吃音だけの話にはしてほしくなくて、コンプレックスを抱えているすべての人たちに、分かり合うことや向き合うことの難しさが伝わればいいなと思いました」、伊藤は「吃音は当事者じゃないとわかりづらいことが多く、閉塞的になりがち。でも映画を通して、そうではなくて同じような問題はあっちにも、こっちにもあるという気づきが生まれればいいなと思います」、山田は「吃音についての作品が生まれることは、それ自体いいことだと思います。このような機会に多くの人に吃音に関心をもってもらいたい」と語った。最後に押見は「一度でも自分が嫌いになったことがある人に観て欲しい。そういった想いを抱えて、誰にも打ち明けられずにひとり悩んでいる人たちに映画を観てもらうことで “一人じゃない”ということを感じて欲しい。孤独じゃない、ということが伝わればと思います」と、大いに盛り上がったシンポジウムを締めくくった。

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
7月14日(土)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:湯浅弘章
原作:押見修造「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」(太田出版)
出演:南沙良 蒔田彩珠 萩原利久 小柳まいか 池田朱那 柿本朱里 中田美優 蒼波純 渡辺哲 山田キヌヲ 奥貫薫
配給:ビターズ・エンド

【ストーリー】 高校1年生の志乃は上手く言葉を話せないことで周囲と馴染めずにいた。そんな時、ひょんなことから同級生の加代と友達になる。音楽好きなのに音痴な加代は、思いがけず聴いた志乃の歌声に心を奪われバンドに誘う。文化祭へ向けて猛練習が始まった。そこに、志乃をからかった同級生の男子・菊地が参加することになり…。

©押見修造/太田出版 ©2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会