名越康文(精神科医)と犬山紙子(エッセイスト)が登壇!『ファントム・スレッド』トークイベント レポート

『マグノリア』、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・トーマス・アンダーソン監督が、名優ダニエル・デイ=ルイスと2度目のタッグを組んだ映画『ファントム・スレッド』が5月26日に公開となる。5月14日、本作の公開を記念して試写会付きトークイベントが行われ、精神科医の名越康文とエッセイストの犬山紙子が登壇した。

まず本作の感想を問われると、犬山は「最初は美しいドレスとか音楽とか、その世界観にうっとり。だけど、途中から夫婦の喧嘩にハラハラ&いらっとして、そしてオチで度肝を抜かれました…!」と興奮気味に感想を語った。精神科医として、現代の恋愛における様々な問題を独自の視点で分析する名越は、「まず、過去の診療を思い出して、私のトラウマが疼きました(笑)。今までに、結婚したら専制君主になる男とか、なぜかその夫と別れないで復讐を誓う妻とか、1000例くらい見てきたので、人間ってこういうものだなと改めて思いました」と語った。「朝食で少し音を立てたくらいで、あんなに激怒する夫と暮らすのはしんどそう…なんでこの2人は別れないの?」という犬山の質問に対し、「そんな夫婦を何組も見てきましたが、どっちが先に弱音を吐くか勝負をしているんです。『ここで折れたらこの人に負けた気がする』と、張り合ってしまうんです。恋愛をすると、社会的秩序を支える共同幻想よりも、男女の間で起こる追幻想が強くなる。その追幻想が悪い方向にいくと、こいつにだけ負けたくないという幻想に変わっていくんです。聞こえが悪いかもしれませんが、ほとんどの恋愛が格付けやマウントの取り合いだと言えると思います。燃え上がる恋愛ほど、病理が裏にある場合が多いですね」と名越。「恋愛の力って恐ろしいですよね。でも、確かに過去の自分の恋愛を思い出すと、自分でもおかしいなと今だから思うことがいろいろありますね…。でも、絶対にこんな恋愛は経験したくないけど、映画としては、これくらいの予想もつかない、深い精神的なバトル映画を欲してたんだと思いました」と犬山。名越は「多かれ少なかれ私たちは心にドロドロを抱えています。中途半端なハッピーエンドばかり見ていて心のドロドロがとれないと、いい人ばかり演じてしまう。これくらいの映画を年に1、2本は観てカタルシスを感じておいた方がいいですよ!」と、精神科医ならではのアドバイスを観客に語った。

主人公のアルマに深く共感したシーンがあったという犬山。「自分の身体にコンプレックスだらけだったけど、才能ある男性にあのようにドレスを仕立ててもらって、やっと、自分が美しい、正しいと思えて、自信がつくという感覚はすごくわかります。自信がないときこそ、あんな綺麗なドレスだったり、人に肯定してもらうことが本当に嬉しいんですよね」。それに対し、「本作のレイノルズのようなタイプの人は、神経質で身体全体が知覚過敏のような人。だからこそ、感性が豊かで繊細な作業ができる才能肌。色や音の感じ取り方が人と違うアーティストは知覚過敏の人が多いですね」と名越は分析した。「それはもっとはやく知っておきたかった…!確かに、才能肌の人と付き合うとき、なかなかコミュニケーションが噛み合わなくて、自分がないがしろにされてる気分になったことがありました。でも、レイノルズは行き過ぎかもしれませんが、このタイプが好きな女性って絶対いると思う。そういう方とはどんな接し方がベターなんでしょうか?」と犬山。「実は、こういう人と結婚するなら、晩婚か年上の方がいいんですよ。20代はまだ体力があるから、相手をねじ伏せてでも倒そうという気持ちになってしまいます。でも40代になるにつれて、もういいやと諦めるようなる(笑)。この諦めた段階がベストです。そして、『相手を直そうとしない』ことですね。レイノルズのようなタイプは、自分の世界のことで頭がぱんぱん。言わなくてもやってくれることは期待せずに、やってほしいことはなんでも言葉にしてあげないとだめなんです」と名越の解説に対し、「それは、『察してほしい妻』と『何で怒っているのかわからない夫』の夫婦あるあるですよね」と、犬山が語った。

これから観る人に向けた本作の勧め方について問われると、「私は友だちには、『こんなにも美しい音楽と衣装がでてくる映画はないから観て』と騙して連れてきて、まず衝撃を与えたいなと思いました(笑)。そういう誘い方をしたら、その友だちもまた次の人に同じことをすると思うんですよ。お互いマウントを取り合っていくと楽しいかなと思いました(笑)。あとは、観たあとは、すごくおしゃれがしたくなる映画であることもおすすめポイントですね」と犬山。「私は服屋の息子でもあるので、服を作っていくときの衣擦れの音がとても心地よくて、美術鑑賞的にも最高の映画でした。音を聞くとわかるのですが、本当にいい素材を使っている、すべてが本物のかなり贅沢な映画です。この美の極致があるからこそ、後半のダークファンタジーを受けいれることができる。そして、本作は今みたいな日常では普段感じ取れない、人間の深層部分のカタルシスを感じることができる映画ですね。人によって、『衝撃的な展開』と『本物のオートクチュールが楽しめる』というおすすめポイントを使い分けて勧めるのもいいかもしれないですね。その両方が面白い、2倍楽しめる映画だと思います」と名越が語り、トークイベントを締めくくった。

『ファントム・スレッド』
5月26日 シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
音楽:ジョニー・グリーンウッド
出演:ダニエル・デイ=ルイス ヴィッキー・クリープス レスリー・マンヴィル
配給:ビターズ・エンド/パルコ

【ストーリー】 1950年代のロンドン。英国ファッションの中心的存在として社交界から脚光を浴びる、天才的なオートクチュールの仕立て屋レイノルズ・ウッドコック。ある日、レイノルズは若きウェイトレス アルマと出会う。互いに惹かれ合い、レイノルズはアルマをミューズとして迎え入れる。レイノルズはアルマの完璧な身体を愛し、昼夜問わず彼女をモデルにドレスを作り続けた。しかしアルマの出現により、完璧で規律的だったレイノルズの日常が次第に狂い始め…。やがてふたりは、後戻りできない禁断の扉を開き、誰もが想像し得ない愛の境地へとたどり着くことになる。

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