野田洋次郎「根っこで繋がる人間関係をどれだけの人と作れるかな」『キネマの神様』主題歌「うたかた歌」を使用した特別予告~夢追い篇~

松竹映画100周年のメモリアルイヤーを記念して、山田洋次監督が沢田研二、菅田将暉のダブル主演、永野芽郁、宮本信子共演で贈る『キネマの神様』が、8月6日より公開される。このほど、主題歌「うたかた歌」を使用した特別予告~夢追い篇~がお披露目となった。

本作は、無類のギャンブル好きで家族にも見放された主人公・ゴウに“映画の神様”が奇跡をもたらす愛と友情の物語。

本作の舞台となる1950年~60年代頃の映画撮影所で、ゴウ(菅田将暉)は映画監督になる夢を追いかけ、テラシン(野田洋次郎)は自分の名画座を持つことを夢見て映写技師として働く。映画を愛し、映画の神様を信じてともに青春を駆け抜けたゴウとテラシンを演じた二人が歌い上げる「うたかた歌」の歌詞は、野田がすべての撮影が終わった時に、感謝の気持ちをこめてこの作品に贈られたもの。夢を追いかけ、愛に触れ、恋に破れて、挫折を知った青春の日々と本作で描かれるゴウとテラシンたちが送った夢と愛に満ちた人生が、野田の紡ぎだす言葉によってこの歌に込められた。

特別予告~夢追い篇~では、若き日のゴウとテラシンが駆け抜ける青春の日々が、カットとカットが繋がれて映画となる1本のフィルムのように、菅田と野田の柔らかな歌声に乗せて紡がれる。助監督として園子(北川景子)にカメラを合わせるゴウ。暗い映写室で一人フィルムと向き合うテラシン。自分の愛するもの(映画)にただ夢中になり、夢を信じて夢にのめりこむ日々…そこには淑子(永野芽郁)のあふれんばかりの笑顔があった。だが次第に笑顔にあふれた日々はもう戻ることのできない過去となり、挫折と愛することの痛みを知る大きな人生の分岐点に差し掛かったゴウ、テラシン、淑子たちの苦悩が映し出される。そして、「間違いだらけの人生だったかもしれない だけどー」という言葉が浮かび上がる。

この「うたかた歌」を撮影中に浮かんだ言葉の断片から作り上げたという野田は、「根っこで繋がる人間関係をどれだけの人とどんな風に作れるかなと考えさせられた映画でした。(本作で描かれる人間関係は)大事にしていきたいと思う関係です」と本作で描かれる愛すべき登場人物たちが紡ぎだす物語への想いを明かすが、夢と愛にひたむきに向かっていく青春時代を生きるゴウとテラシンたちの姿は50年後の現代へ時代を越えて繋がっていく。“映画の神様”を信じたゴウとテラシンが駆け抜けた青春は、50年後の現代にどのようなドラマをもたらすのか?家族となったゴウと淑子のもとに訪れる奇跡とは?いくつもの想いを抱えて、50年の時を生きた人々の夢と愛の物語に期待が高まる。

『キネマの神様』
8月6日(金) 全国公開
監督・脚本:山田洋次
原作:原田マハ「キネマの神様」
脚本:朝原雄三
VFX監修:山崎貴
主題歌:RADWIMPS feat.菅田将暉「うたかた歌」
出演:沢田研二 菅田将暉 永野芽郁 野田洋次郎 北川景子 寺島しのぶ 小林稔侍 リリー・フランキー 志尊淳 前田旺志郎 片桐はいり 原田泰造 宮本信子
配給:松竹

【ストーリー】 ギャンブル漬けで借金まみれのゴウ(沢田研二)は妻の淑子(宮本信子)と娘の歩(寺島しのぶ)にも見放されたダメ親父。そんな彼にも、たった一つだけ愛してやまないものがあった。それは「映画」。行きつけの名画座の館主・テラシン(小林稔侍)とゴウは、かつて撮影所で働く仲間だった。若き日のゴウ(菅田将暉)は助監督として、映写技師のテラシン(野田洋次郎)をはじめ、時代を代表する名監督やスター女優の園子(北川景子)、また撮影所近くの食堂の娘・淑子(永野芽郁)に囲まれながら夢を追い求め、青春を駆け抜けていた。しかしゴウは初監督作品「キネマの神様」の撮影初日に転落事故で大怪我をし、その作品は幻となってしまう。あれから約50年。あの日の「キネマの神様」の脚本が出てきたことで、ゴウの中で止まっていた夢が再び動き始める。

©︎2021「キネマの神様」製作委員会