この日が、来てしまった。新型コロナウイルスの蔓延防止のため、公開延期を決断してから1年弱。3度目の緊急事態宣言に伴う映画館の休業要請に呑み込まれ、苦境に立たされながらも力の限り闘い続けた実写映画『るろうに剣心』シリーズ。6月4日に公開された第5作『るろうに剣心 最終章 The Beginning』をもって、完結を迎える。
本作は、『るろうに剣心』のエピソード・ゼロ的物語。師匠である比古清十郎(福山雅治)の元を飛び出した緋村剣心(佐藤健)が、いかにして幕末最強の「人斬り抜刀斎」と呼ばれるに至ったのか――。時代が明治へと移る前、動乱の京都を舞台に彼の若き日が描かれる。そして、剣心がかつて愛した女性・雪代巴(有村架純)との日々も……。これまで断片的にしか描かれていなかった剣心の“暗部”が掘り下げられ、観客においては彼の真実を知ることになるだろう。
今回は「最終作にして、最高傑作」の呼び声が高い『るろうに剣心 最終章 The Beginning』の基本的な魅力を、3つのポイントに分けて紹介する。
過去作と一線を画す、シリーズ初の全面真剣アクション
これまでの4作品では、剣心は「不殺」を誓い、人を斬ることができない逆刃刀を使用していた。なぜそのような生き方を選んだのか、その動機が描かれるのも本作の大きな魅力だが、アクションにおいてはこれまでの「打撃」から「斬撃」へと変わった部分が大きい。端的に言えば、斬ることで血しぶきは飛び、人は絶命する。それが全編にわたって仕込まれているため、史上最も残酷な、生々しい死闘が展開するのだ。
もちろん、これまでの作品でも鵜堂刃衛(吉川晃司)や志々雄真実(藤原竜也)といった敵たちは真剣をふるってきたのだが、今回は剣心も、敵対する新選組や闇乃武も文字通り“真剣勝負”を繰り広げるため、シリアス度が段違いに。剣心が使う神速の剣術・飛天御剣流は一対多数の戦闘で効果を発揮するものだが、それが真剣の実戦で発動されると何が起こるのか……。人斬り抜刀斎の“恐ろしさ”を、まざまざと見せつけられるだろう。
このような性質により、画的な見ごたえは段違いにパワーアップ。これまでの剣心の戦いはアクロバティックな超人的アクションが魅力だったが、今回は「人を殺す」ことに特化したアサシン(暗殺者)としての直線的な動きになるため、見え方としてもこちらが受け取る印象としても、より本格的な殺陣に進化した。
佐藤健と有村架純が織りなす、切なくも深い「愛の物語」
冒頭から苛烈な暗殺現場を見せつけられ、震え上がることになるであろう『るろうに剣心 最終章 The Beginning』。「今度の『るろうに剣心』はいままでと違う」という思いになったところで、動き出していくのがのちに剣心の妻となる雪代巴との悲恋。
巴が酒場で酔っ払いに絡まれているところを助けた剣心だったが、その後に襲い掛かってきた刺客を返り討ちにしたところを目撃されてしまう。セオリー通りであれば巴を口封じせねばならなかったが、剣心は決断することができない。彼自身は「誰もが安心して暮らせる新時代を築く」ために剣をふるっているため、一般市民に手をかけるのは道義に反するからだ。
剣心が躊躇しているうちに、巴は彼が寝泊まりしている宿屋に住み込みで働き始め、ふたりは少しずつ距離を縮めていく。その後、剣心が属する組織が真選組によって弱体化させられ、身を隠すことになった彼は、“上司”である桂小五郎(高橋一生)の勧めで巴と共に郊外で暮らし始め……。
第4作『るろうに剣心 最終章 The Final』に登場する最凶の敵・雪代縁(新田真剣佑)の姉であり、剣心によって斬殺された巴。同作を観た者であれば、「剣心と巴の間に何が起こったのか?」という心持で観ていくことになるだろう。つまり、ふたりの恋物語は、結末が最初から決まっている。そのため、常に切なさと物悲しさが漂い続けるのだ。
人斬りの自分に疲れ果て、精神状態がギリギリの剣心を熱演した佐藤健と、物静かながら「狂気を抑える鞘」であろうとする巴に扮した有村架純の「清廉な演技の重なり合い」が、物語を一層奥深いものにしている。
ついに明かされる、十字傷の秘密
そして、最大の見どころともいえるのが、剣心のトレードマークである頬の十字傷の秘密が明かされること。実はこちら、第1作の『るろうに剣心』で断片的に描かれており、約10年後に伏線が回収される。『るろうに剣心 最終章 The Beginning』は第1作につながる前日譚のため、観賞前後に第1作を観るとより胸に迫るものがあるはずだ。
剣心の十字傷は幕末、人斬り抜刀斎の時代に負ったものだが、明治の世に入って十余年を経てもなお消えないのは、そこに強い思念が宿っているため。ならば、そこにはどれほど劇的な秘密が隠されているのか――。その詳細については観てのお楽しみということで省くが、全てが明かされたとき、形容しがたい感情が心の内にせり上がってくることだろう。
かつてないエモーショナルなドラマがそこにはあり、『るろうに剣心 最終章 The Beginning』を観た後、もう一度過去作4作を観ると、印象が全く変わっているはずだ。本作は作品の根幹に踏み込んだ内容であり、シリーズを再定義する物語でもある。同時に、始まりの物語であり、最終作でもある。そうした意味では、円環の構造にもなっているのだ。これもまた、『るろうに剣心』シリーズの神話性を高める構造といえるのではないだろうか。
実写映画シリーズ『るろうに剣心』自体は、『るろうに剣心 最終章 The Beginning』をもって完結する。ただ、物語的には本作から「流浪人・剣心の物語」が始まる。そして人斬り抜刀斎の贖罪の物語は、時系列的に最後の物語である『るろうに剣心 最終章 The Final』まで受け継がれていく。
そしてきっとこの先も、実写映画で描かれるかどうかは置いておいて、剣心の「闘いの人生を完遂する」旅は続いてゆくことだろう。原作漫画が実写映画シリーズに影響を受けて新章「北海道編」を始めたように、『るろうに剣心』はまだまだ終わらないのだ。同時に、我々の心の中でも彼らは生き続ける。約10年もの間、観客の心に寄り添い、闘い続けてきたということ――。それがこのシリーズが残した、最大の功績と言えるかもしれない。
文/SYO
『るろうに剣心 最終章 The Beginning』
6月4日(金)より全国公開中
監督:大友啓史
原作:和月伸宏「るろうに剣心−明治剣客浪漫譚-」
音楽:佐藤直紀
主題歌:ONE OK ROCK
出演:佐藤健 有村架純 高橋一生 村上虹郎 安藤政信 武井咲 新田真剣佑 青木崇高 蒼井優 伊勢谷友介 土屋太鳳 三浦涼介 音尾琢真 鶴見辰吾 中原丈雄 北村一輝 江口洋介
配給:ワーナー・ブラザース映画
【ストーリー】 動乱の幕末。緋村剣心(佐藤健)は、倒幕派・長州藩のリーダー桂小五郎(高橋一生)のもと暗殺者として暗躍。血も涙もない最強の人斬り・緋村抜刀斎と恐れられていた。ある夜、緋村は助けた若い女・雪代巴(有村架純)に人斬りの現場を見られ、口封じのため側に置くことに。その後、幕府の追手から逃れるため巴とともに農村へと身を隠すが、そこで、人を斬ることの正義に迷い、本当の幸せを見出していく。しかし、ある日突然、巴は姿を消してしまうのだった…。<十字傷>に秘められた真実がついに明らかになる。
© 和月伸宏/ 集英社 ©2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」製作委員会