アジア初の国際ドキュメンタリー映画祭として、1989年から隔年で開催されてきた山形国際ドキュメンタリー映画祭が、2017年も開催決定。その概要及び、インターナショナル・コンペティション部門の15作品が発表された。
■欧州から中東、北米、中米、アジア出身者まで多様な才能による作品を選抜!
インターナショナル・コンペティション部門は、ベテランから新人まで応募可能で、今年は121の国と地域から応募された1,146本より厳選した15作品が上映。入選作品の特徴として、日本、アメリカ、中米の著名なベテラン作家の新作(フレデリック・ワイズマン、ジョン・ジャンヴィト、ラウール・ペック、原一男)が選ばれた一方、30歳前後の若手作家らによる、洗練された映像美や作家としての立場を追求した意欲作も並んでいる。15本のうち4作品がアジア作家によるもの(日本、インド、中国)で、日本人監督が2人揃うのは97年開催以来、20年ぶりの快挙となった。
■長期にわたって取材した長尺の映画が多く入選!
15作品中、上映時間が3時間以上の作品が4本入選。そのうち3本が、フレデリック・ワイズマン、ジョン・ジャンヴィト、原一男らベテラン監督によるものであり、時間をかけて対象と向き合い、調査し、まとめあげた揺るぎない真摯な姿勢と作品の完成度が評価された。長尺の作品がコンペティションのラインナップに4本も入るのは世界の映画祭の中でも珍しく、劇場公開に向け短尺化が好まれる世界の映画業界の中で、商業性にこだわらず、見応えのある優れた作品を紹介し続けている本映画祭独自の姿勢が色濃く出ている。
■主要テーマの特徴
政府や雇用主、植民地主義による圧政・搾取、戦争、災害、公害、貧困など理不尽な環境に苦しむ底辺の人々の姿と生活に共感をもって迫る作品が多く入選。今そこにある貧困や苦難をいかに映像で表現するかという点に焦点を合わせた作品(『機械』『聖餐式』『また一年』など)がある一方で、人々の苦難をより大きな歴史的観点から捉え、怒りとともにその由来と経過を説き起こす視野の広い作品(『私はあなたのニグロではない(仮)』『ニッポン国vs泉南石綿村』『航跡(スービック海軍基地)』など)もあり、苦難に弱者に寄り添うような作品群だ。一方で、人間の心の内面に向き合う作品も選ばれており、長年引きこもりとなっていた監督が映像を介して自らの心象風景を表現した作品(『孤独な存在』)や、自分の理想像や人の視線を気にするあまり自分を見失ってしまう女性の心のうちを探る作品(『自我との奇妙な恋』)など、東西を問わず人々が陥る社会/社交生活の闇に迫った作品が入選した。
【インターナショナル・コンペティション15作品】
① また一年 Another Year
監督:朱声仄(ジュー・シェンス) Zhu Shengze
中国/2016/181分
中国のとある出稼ぎ労働者家庭における食卓風景を13ヶ月の章立てにより描き出す圧巻の180分。長回しの定点カメラで撮影された食卓では、家族間の歯に衣着せぬ会話がリアルタイムで展開する。その切り取られた時間の中で、観る者は、どこにでもある日常がふとした瞬間に神秘的で美しい絵画的空間に変質するのを目撃する。先祖代々守ってきた故郷の山村を離れ、豊かな生活を求めて都市部に移り住んだ三世帯家族。彼らが直面している様々な問題から、極端な都市化の波と経済成長著しい中国社会の実相がほの見える、「一年」に渡る「時」の流れの記録。
② カラブリア Calabria
監督:ピエール=フランソワ・ソーテ Pierre-François Sauter
スイス/2016/117分
スイスの葬儀会社で働くジョバンとジョゼは、ある遺体をイタリア・カラブリア州まで霊柩車で移送する。故郷セルビアで歌手として活動していたジプシーのジョバンは、死後の世界を信じている。ポルトガル出身でインテリのジョゼは現実主義者だ。ふたりは閉ざされた車内でおのずと語り出す。人生そして愛について……。彼らの背後では、カラブリア出身の死者が静かに眠る。いずれもそれぞれの事情でスイスにやってきた移民たちである。男たちの対話と、旅先の一期一会を、叙情的なジプシー音楽とともに、洗練された映像で描く人生賛歌。
③ 聖餐式 Communion
監督:アンナ・ザメツカ Anna Zamecka
ポーランド/2016/72分
ポーランドのセロックに住む小さな家族。酒飲みの父親と自閉症の13歳の弟、離れて暮らす母親の面倒を見るのはもっぱら14歳の少女オラの役目である。間もなくやってくる弟の聖餐式が成功すればもう一度家族がひとつになれるのではないかと切ない望みを抱いて献身的に立ち回るが、成長と自立にはいまだ及ばず、姉の庇護を離れられない弟や、家庭を支える親として振る舞えない大人たちの弱さばかりが浮き彫りになる。カメラは逃げ道のない困難な日常に寄り添いながら、少女の心の叫びを世界に伝えるための可能性であろうとする。
④ ドンキー・ホーテ Donkeyote
監督:チコ・ペレイラ Chico Pereira スペイン、ドイツ、イギリス/2017/86分
南スペインの小さな村で質素な生活を送っていたマヌエル。齢73歳、残りの人生をかけた壮大な旅への出立を決意する。愛するロバと犬を相棒に、スペインからアメリカへ、かつてチェロキーインディアンが辿った2200キロにおよぶ「涙の旅路」を踏破するのが目的だ。心臓疾患、関節炎、老いが蝕む体の痛みもなんのその、医者の制止すら振り切って、過酷な冒険は続く。旅の過程で育まれる動物達との種族を超えた友情。果たして彼らはアメリカに辿り着けるのか!? 老いてなお自由に、「ありのまま」を生きる姿を讃えるロードムービー!
⑤ エクス・リブリス − ニューヨーク公共図書館
EX LIBRIS − The New York Public Library
監督:フレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman
アメリカ/2016/205分
前作『ジャクソン・ハイツ』(2015)ではニューヨーク・クイーンズの多民族居住地域を映像に収めた匠、フレデリック・ワイズマンが、本作ではニューヨーク公共図書館という「世界」を題材に選んだ。ニューヨークの各地にある図書館を軽やかに撮影し、デジタル時代到来によって、図書館が取り組むさまざまな試みを紹介していく。公共図書館の運営会議から始まって、地域ごとに個性を打ち出した討論会、講演などを描き出す。公共図書館というものの現実を浮き彫りにするとともに、図書館に集う多様な民族を映し出し、必然的にアメリカの現在が明らかになる。
⑥ ニンホアの家 A House in Ninh Hoa
監督:フィリップ・ヴィトマン Philip Widmann
ドイツ/2016/108分
固く閉じられた窓、人気のない廊下、使われてない家具ーーベトナム南部ニンホアにある「家」はベトナム戦争で離散した家族の記憶を抱く。鶏の鳴き声、水田の手入れといった穏やかな日常が営まれる「家」ともう一軒の新しい「家」。死者に呼び寄せられるかのように、ドイツとベトナムに離れていた一家は長い時を経て二つの「家」で再会し、故人の手紙、昔の写真、霊媒師による降霊といった不在者の断片を拾い集める。3世代にわたる「家」の記憶が紡ぎ出す家族の物語。
⑦ 私はあなたの二グロではない(仮)
I Am Not Your Negro
監督:ラウール・ペック Raoul Peck アメリカ、フランス、ベルギー、スイス/2016/93分
アフリカ系アメリカ人作家、ジェームズ・ボールドウィンの未完の原稿「Remember This House」をもとに、暗殺された3人の活動家−−メドガー・エヴェース、マルコムX、マーティン・ルーサー・キング−−の軌跡を通して、アフリカ系アメリカ人の激動の現代史を紡ぎだす。ボールドウィンのテレビでの発言や講演などの映像を軸に、映画や音楽の記録映像を交えながら、公民権を手にしたものの、差別の本質は変わっていないことを浮き彫りにする。ハイチ出身の監督ラウール・ペックが長年温めてきた企画で、ナレーションをサミュエル・L・ジャクソンが務めている。
⑧ 激情の時 IN THE INTENSE NOW
監督:ジョアン・モレイラ・サレス João Moreira Salles
ブラジル/2017/127分
1966年文化大革命初期の中国、1968年五月革命時のパリ、そしてソ連侵攻時のプラハ。各国の路上で無名の市民、あるいはドキュメンタリストによって撮影された映像群には、学生蜂起、東西イデオロギー対立、階級闘争といった象徴的な歴史イメージだけでなく、当時を生きた人々の喜び、高揚、開放感、そしてその終焉、怒り、失望が記録されている。監督ジョアン・モレイラ・サレス(YIDFF 2015 ラテンアメリカ特集『サンティアゴ』)は自身の母親による中国訪問記とそれら68年のアーカイブ映像に映し出された人々の情熱を読み解き、政治・歴史的スペクタクルと個人の生との関係、その記録の意味を問いかける。
⑨ 孤独な存在 Lone Existence
監督:沙青(シャー・チン) Sha Qing
中国/2016/77分
彼は何年もの間、家から出ることなく、締め切ったドアの内側で、誰にも何も話すことなく過ごしてきた。いままで向き合うことを避けてきた、隠された自己を投影する他者の存在を、カメラでひたすらに観察する欲望だけが、彼の生をつなぐ。夢幻的な日常風景に息づく他者のイメージを通して、彼は魂の自由を得られるのか? 『一緒の時』(YIDFF 2003 小川紳介賞)の沙青監督が、作家として、他者そして自己を見つめることの根源を問う。
⑩ 機械 MACHINES
監督:ラフル・ジェイン Rahul Jain インド、ドイツ、フィンランド/2016/75分
経済成長著しいインドの巨大な紡績工場。ありふれた建物でしかない外面とは裏腹に、その内部はどこまでも続く労働搾取の森と化している。カメラはそのベールに包まれた工場の奥へと深く分け入る。長回しで捉えられた労働者たちの姿は劣悪な環境、鳴り止まない機械音と相まって、その場に立ち込む臭いや空気までも体感としてこちらに突きつける。巧みなカメラワークがその光景に“醜”を超えて皮肉にも“美”を宿らせる一方、そこにはグローバル経済下で続く不当な労使関係、子どもも含む出稼ぎ工場労働者らの過酷な現実が生々しく凝縮されている。
⑪ カーキ色の記憶 A Memory in Khaki
監督:アルフォーズ・タンジュール Alfoz Tanjour カタール/2016/108分
「ここでなければ私はわたしではない」−–監督アルフォーズ・タンジュールが敬愛する作家イブラーヒーム・サムイールは、かつてダマスクスへの愛をそう語った。何年か後に、彼は愛したダマスクスを去った。イブラーヒームをはじめ作品には4人の人物が登場し故郷に対する複雑な思いを語る。ある者にとっては故郷はカーキ色に象徴される抑圧的な世界であり、またある者にとっては赤く染まった暴力的な世界である。この映画で監督は、生まれ育った場所を失うことへの例えようもない感情を描く。その苦い悲しみの表現はみる者の心を捉え易々と離さないだろう。
⑫ ニッポン国 vs 泉南石綿村
Sennan Asbestos Disaster
監督:原一男
日本/2017/215分
明治の終わりから石綿(アスベスト)産業で栄えた大阪・泉南地域。肺に吸い込むと長い潜伏期間の末に肺ガンや中皮腫を発症するアスベスト疾患の責任を求めて、工場の元労働者と家族、周辺住民らが国家賠償請求訴訟を起こす。一審で勝訴するも国は控訴を繰り返し、長引く裁判の間に原告は次々と亡くなっていく。原一男監督の23年ぶりの長編ドキュメンタリーである本作は、最高裁判決までの8年以上にわたる原告と弁護団の闘いを支援者として丁寧に記録する一方で、映画作家として被害者、家族らの揺れ動く生の感情をカメラの前に引き出し、裁判終結までの痛切な闘争のドラマをしたたかに描き出す。
⑬ 自我との奇妙な恋
Strange Love Affair with Ego
監督:エスター・ゴールド Ester Gould オランダ/2015/91分
自分に確固たる自信を持つ姉は、妹にとって常に眩しく憧れの存在だった。だが彼女のその過剰なまでの自尊心、自己愛、あるべき自己像への執着が、その人生を徐々に狂わせていく。妹である監督は、姉ローウェンの自意識がどのようなものだったのかを知るため、彼女と交わした言葉をたどり、一方で人生のそれぞれの段階を生きる自信に満ちた女性たちの心のうちに分け入る。他人が羨むような華麗な人生を送ることにますます価値が置かれ、実際の「自分」とのずれに苦しむ現代人の生きづらさ、社会生活の息苦しさを切実に描き出す私的エッセイ。
⑭ 航跡(スービック海軍基地) Wake(Subic)
監督:ジョン・ジャンヴィト John Gianvito アメリカ、フィリピン/2015/277分
ルソン島スービック湾にあった米海軍基地は、1991年のフィリピン上院決議に基づき、フィリピンに返還された。しかし、長く米軍管理下にあった湾周辺は、基地返還後も残留化学物質や重金属類、石綿、PCBなどに起因する深刻な環境汚染被害をもたらし続けている。『飛行機雲(クラーク空軍基地)』(YIDFF 2011)に続く本作は、十年以上に及ぶ調査によって、公害に苦しむ住民の実態をまざまざと描き出すと同時に、住民たちを支援し、被害を告発するNGOの活動を共感をもって追いかける。スペイン、アメリカによる植民地支配のもとでの人々の苦難と抵抗、弾圧の歴史を凝視し、人々の声に耳を傾ける稀有な映像体験。
⑮ 願いと揺らぎ Wishes and Fluctuation
監督:我妻和樹
日本/2017/145分
2011年3月11日の東日本大震災による未曾有の地震と津波に襲われた宮城県南三陸町の波伝谷。そこに暮らす人々の被災後の姿を追いながら、復興への願いとそれぞれの立場と思いからくる心の揺らぎを、伝統行事の「お獅子さま」復活の過程をめぐって描き出している。カラーとモノクロ映像による震災前後の対比を背景に、監督自身が人々とかかわる姿を交えながら、多くの課題を抱えた復興への苦難の道のりが生き生きと活写される映像は刺激的である。前作『波伝谷に生きる人々』(2014)のその後である。
山形国際ドキュメンタリー映画祭 2017
会期:10月5日(木)~12日(木) 8日間
会場:山形市中央公民館(アズ七日町)、山形市民会館、フォーラム山形、
山形美術館、とんがりビル KUGURU ほか
公式HP: www.yidff.jp/home.html
※インター・ナショナルコンペティション部門以外の各特集・プログラムは7月末に発表予定