ヤン・ヨンヒ監督「ワイドショーを見るよりも勉強になる」 『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』トークイベント

2016年カンヌ国際映画祭ACID部門正式出品、2016年モスクワ国際映画祭、チューリッヒ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞他、各国の映画祭で絶賛されたドキュメンタリー『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』(ユン・ジェホ監督)がついに日本公開。現在公開中の6月17日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムにて映画監督のヤン・ヨンヒを迎え、トークイベントが実施された。

劇映画『かぞくのくに』や『Dear Pyongyang ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』というドキュメンタリー作品で、家族の物語を描き続けているヤン監督ならではの深い考察にあふれたトークとなった。

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MC:まずは本作をみたご感想を教えてください。

監督:北朝鮮や脱北者を描いているから、ということではなく、一人の人を追いかけるユン・ジェホ監督のスタンス、描き方にとても好感が持てる作品でした。言葉では説明しづらいですが、乱暴な言い方をすると、韓国のドキュメンタリーって正義感で作っている感じを受ける作品が多くて、私は好きではなくて。でも本作は、監督の相手との距離の取り方に引き込まれましたし、監督自身も彼女の人生に巻き込まれていっている様子が感じ取れて、そこにスリルを感じました。

パンフレットを拝見すると、監督は最初彼女を撮るつもりがなくて、ずっと一緒にいる間にベーさんのほうから「私を撮れば」と提案したそう。 これは理想的というか、ある意味この人だったら、“脱いでもいいわ”ってベーさんに思わせたんだと。それって、従軍慰安婦を撮った『ナヌムの家』のビョン・ヨンジュ監督も同じで、3年間ただ遊びにナヌムの家に通っているうちに、「私たちを撮ったら」とそこにいるおばあさんに言われたという。あなたのカメラだったら文句言わないからということだったと思うんですね。例えばTV局のカメラだと、撮ってやるからというスタンスの人がいる。それは撮られるほうも感じるはずなんです。人として敬意を払うこと、そして敬意を持った好奇心は相手に伝わると私は思っていて、それがこの作品は最後まで切れなかったと感じました。

あと、劇中、マダム・ベーさんの中国のお姑さんたちも良くて、成り行きでベーさんは中国の夫に売られたというのは人としてつらいことだったと思うんですが、経緯はどうであれば、ベーさんにとってはすごい出会いだっただし、そのあたりもとても丁寧に描かれていますね。出てくる人それぞれに対する敬意もみえた。後半、ベーさんが韓国に行ったあと、正直彼女は幸せそうではなかった。中国にいるときとは違って、ザ・資本主義のモノがあふれるソウルで生きるベーさんの顔をみると、韓国に行ったからといって必ずしも幸せでないんですよね。あのときの表情、仕草、とても細かい場面まで、心に残る作品でした。

MC:本作をみて初めて知ったことはありますか?

監督:最近『天国の国境を越える―命懸けで脱北者を追い続けた1700日』(李 学俊/著)を読んだりしたのですが、東南アジアを経て、命からがら韓国にたどり着く現実があるなど、読むと脱北、と一言で言ってはいけない、こんなに大変な思いをして、あの国から逃げてやっとたどり着いた韓国で頑張っているんだなぁと。いまは韓国だけでなくアメリカ、ヨーロッパにも脱北した方々がたくさんいて、私も親しい人の中に脱北をしてきた知人もいます。30代の女の子は、北を出て幸運にも半年くらいで日本に来ることができた子がいる。飲めば明るくなる子だけど飲むと泣きだすこともあって、脱北の詳しい話はしないけれど、すごいストレスだったろうし。その子の友達で、一見か弱そうな女性なんだけど「自由がないのが耐えられなかった」と家族の反対を押し切って、一人脱北してきた若い女性もいます。現在は日本で看護師の学校に言って頑張っています。脱北した人それぞれ事情が違うと思います。

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MC:現在、マダム・ベーはどちらの家族とも住まず、一人バーを営んで、両方の家族に仕送りしているそうです。

監督:すごく強いですね・・・。それにマダム・ベーさんはとても魅力的ですよね。脱北を決意するのもすごいですし、ベーさんって愚痴らないんですよ。なんで北に生まれたんだ、なんで自分だけがこんな思いをしなければならないんだ、とか毎日メソメソしていない。そういう人だったら、こんな風に成功していないと。脱北をするもしないのも自分のチョイスで、それを決行して、そのあとはさぁ次、と、とにかく前を向いていて、すごいバイタリティを感じますね。男っぷりがいい、とても魅力的な方。ユン・ジェホ監督もきっと、ベーさんをとても魅力的な人だと思ってみていますよね。私もどこかで惚れこむところがないと、長期間撮れないと思っているので、その点もとても共感できました。
脱北というテーマを教えよう、ではなく、この女の人の生き様みてよ、という感じが伝わりましたね。

他に脱北を描いた作品では、脱北者を描いたパク・ジョンボム監督『ムサン日記 白い犬』、監督が主演なんですが、素晴らしい作品で、これをみると、いかにワイドショーがつまらないか、と思いますよ。
ニュースやワイドショーをみるよりも映画を観るほうが勉強になるかと。
こんな色々な人がいるんだ、こんな色々な人生があるんだ、ということを与えてくれるのが映画の素晴らしいところ。私もたくさん観なければと思っています。もちろん作らなければとも思っています(笑)。
例えば日本から北朝鮮に帰国事業で渡った人たちは9万4千人弱いるといわれていて、9万4千本の映画ができると言ってもいいわけです。一人の人生に映画が一本どころではないから、一人の人生で10本くらい作れるとも言えますよね。学者さんは数字で示しますけど、一人ひとりの物語を描いていくというのが作家の使命だと思える。このドキュメンタリーのような素敵な作品がたくさん世に出てくると、元気がでますね。私も劇映画とドキュメンタリー、両方準備しており、頑張って作ります。
ぜひワイドショーを見る時間を減らして、本作や『ムサン日記』をはじめとする映画や本などに触れてみて頂ければと思います。

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たった一年の出稼ぎのはずが 騙され売られた北朝鮮女性
母として妻として、二つの家族の間で揺れる、その数奇な運命の記録
十年前、家族のため一年間だけの出稼ぎのはずが騙され、中国の貧しい農村に嫁として売り飛ばされた、北朝鮮女性B(ベー)。最初は憎んでいた中国の夫と義父母との生活を受け入れ、そこで生き抜くために脱北ブローカーとなる。しかし北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じた彼女は、彼らを脱北させ、自らも韓国へと渡る過酷な道を選ぶ―。
この名もなき北朝鮮女性Bの生き様を記録したのは、フランスと韓国を拠点に映画製作し、これまでに5本の中短編映画がカンヌ国際映画祭に出品され、今最も注目される新鋭ユン・ジェホ。 大胆で鋭く、ときに美しい映像で、中国と北朝鮮そして韓国に引き裂かれるBの分断の人生を、韓国人である監督自身のアイデンティティへの疑問と闘いながら記録した。

『マダム・べー ある脱北ブローカーの告白』
6月10日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
6月24日(土)より名古屋シネマスコーレ他全国順次公開
詳細は、公式サイトをご確認ください。 www.mrsb-movie.com 

監督:ユン・ジェホ 撮影:ユン・ジェホ タワン・アルン
プロデューサー:ギョーム・デ・ラ・ブライユ チャ・ジェクン
音楽:マシュー・レグノー
編集:ナディア・ベン・ラキド ポーリーン・カサリス ソフィ・プロー ジャン=マリー・ランジェル
配給:33 BLOCKS

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