【ご当地映画】もう“ださいたま”なんて言わせない! 埼玉の逆襲を感じる映画&アニメ5選

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埼玉県大宮市(現さいたま市)出身で、川越の高校に通っていたライターの平井と申します。ズバリ、埼玉は海もなく観光地的魅力に乏しい街だと思います。テレビで取り上げられるのは、日本一暑い街・熊谷の気温だけ……。同じく東京の隣県である千葉や神奈川ほどの強烈な個性がありません。実際、出身地を聞かれ「埼玉」と答えると、相手がネタを必死に探して口ごもる姿や「そこまで遠くないね」みたいなビミョーな顔を見るのにももう慣れました。そして現在は東京暮らしですが、実家がいつでも帰れる距離にあるため、年末年始がそこまでありがたくもない、という複雑なアイデンティティを抱えたまま大人になってしまったような気がします。果たして埼玉は本当に何もないのか? いやいや、今、埼玉は、映画監督に愛されるロケ地、そしてアニメの聖地として脚光を浴びているのです。そんな埼玉の知られざる魅力が感じられる5作品を選んでみました。

『SR サイタマノラッパー』シリーズ

“埼玉”という地名をここまで全面に押し出した映画も珍しいのではないでしょうか。その名も『SR サイタマノラッパー』。埼玉の片田舎でくすぶるヒップホップグループ“SHO-GUNG”の夢と現実を描いた本作は、ライムスターの宇多丸をはじめ多くの文化人から絶賛されるなど口コミでジワジワと人気が広がり、自主制作映画ながらシネコンでかかるほどのロングランヒットに。
ロケ地となったのは、都心から電車で1時間半ほどのところにある埼玉県深谷市。劇中に登場するのは商工会議所やブロッコリー畑など何の変哲もない場所ばかりで、人々のにぎわいすらありません。そんな“何もない”深谷でしたが、シリーズ最終章『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』では、現地のフィルムコミッション全面協力のもと、広大な空き地が巨大なロックフェスティバル会場に! 3日間でのべ2,000人超のエキストラを集め、インディペンデント映画として最大規模の撮影を成功させました。そして『サイタマノラッパー』以降、深谷は『希望の国』や『野火』『64-ロクヨン-』『紙の月』『そして父になる』『青天の霹靂』など様々な映画でロケ地として使われるように。おそるべし、サイタマの底力!

『のぼうの城』

戦国末期、豊臣秀吉、石田三成勢の2万人の大軍に屈せず、たった500名の兵で戦に挑んだ実在の武将・成田長親の姿を描く時代劇『のぼうの城』。本作の舞台となったのが、史跡と古墳の街で知られる行田市です。同作で有名になった忍城は、室町時代に築城され、戦国乱世を耐え抜いた名城。関東七名城にも認定されている忍城ですが、本作公開時には「そもそも埼玉に“城”があったなんて」と驚く埼玉県民もいたとかいないとか。
そして行田といえば、9基の大型古墳が集中する東日本最大の古墳群で、小学校の遠足の定番目的地でもある“さきたま古墳公園”も忘れてはいけません。『のぼうの城』では、石田三成が忍城水攻めの際に本陣を敷いた円墳の丸墓山古墳が登場。考古学の研究対象としてのイメージの強い古墳ですが、ここ数年は、なんと若い女性たちの間で空前の古墳ブームが到来中。「シンプルな形がカワイイ♡」と古墳クッションや古墳ピアスなどなど、さまざまな古墳グッズが作られているのだとか。そのうち街コンならぬ古墳コンが流行ったりして……。「海なし県」として知られ、イマイチ観光地としての魅力に欠けるかに見える埼玉ですが、史跡や古墳などの古代ロマンが満喫できる場所なのです。

『ウォーターボーイズ』

新作映画『サバイバルファミリー』が2017年に公開予定の矢口史靖監督。『ハッピーフライト』では航空業界、『ロボジー』ではロボット業界と、これまで徹底した取材を行ない、一見ぶっ飛んだ設定の中にもリアリティを追求してきた監督の“原点”となったのが『ウォーターボーイズ』です。廃部寸前の水泳部に所属する男子高校生たちが、シンクロナイズドスイミングに挑戦する青春コメディ。ジュノン・スーパーボーイ出身でイケメン街道まっしぐらに思えた妻夫木聡が、ヘタレな高校生を演じ、新境地を開拓した映画でもあります。本作のモデルとなったのは、埼玉の川越高校水泳部。川越高校は、県内の公立男子校で“四天王”と呼ばれる超進学校。偏差値の高いエリート予備軍たちが、オトナになる直前のわずかな時間をシンクロに捧げる———映画以上にドラマチックと言えるかもしれません。現在も同校文化祭では男子高校生たちのシンクロが披露されているようなので、気になる方は、川越散策がてら、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。ちなみに筆者のおすすめは、菓子屋横丁で売られているかるめ焼きです。ぜひご賞味あれ。

『秒速5センチメートル』

2016年最大の話題作『君の名は。』の新海誠監督の代表作といえば、『秒速5センチメートル』。惹かれ合いながらも離ればなれになってしまった貴樹と明里の再会を、山﨑まさよしのバラード「One more time,One more chance」にのせて描きます。リアルな筆致の風景美が新海作品の真骨頂ですが、本作で明里との再会に向かう貴樹が通るのが大宮駅。コンコースにそびえ立つのは、待ち合わせスポット「まめの木」です。新幹線をはじめ様々な路線が乗り入れるターミナル駅のため、老いも若きも、都会人も田舎者も、みんな「まめの木」集合。合コンの集合や数十年来の友人同士の待ち合わせなど、さまざまな人生が交錯します。
そして大宮駅を出た貴樹は宇都宮線に乗り込みます。上野駅から乗ると、会社帰りのオジさんたちがビール片手につまむスルメのにおいが加齢臭と共に漂うことでおなじみの宇都宮線ボックス席が、新海マジックによって“切ない純愛の舞台”になるとは! そして「大宮駅を過ぎてしばらくすると、風景からはあっという間に建物が少なくなった」という貴樹のナレーションよろしく、うら寂しい車窓の雪景色が貴樹の心細さを暗示しているかのよう。他にも、埼京線の各駅停車乗換駅、武蔵浦和のホームなど、90年代に埼玉で高校時代や大学時代を過ごした人にとっては涙腺直撃の風景が鮮烈に甦ります。ハンカチ……いや、バスタオル持参で観るべし!

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

アニメの聖地として脚光を浴びている埼玉。古くは狭山丘陵を舞台にした『となりのトトロ』に始まり、春日部の名前を全国に知らしめた『クレヨンしんちゃん』、鷺宮神社に大勢の観光客が殺到した『らき☆すた』、飯能市が舞台のゆるふわアニメ『ヤマノススメ』など話題作が次々と誕生。聖地巡礼ツアーが組まれるなど各地に思わぬ経済効果をもたらしています。
そんなアニメ大豊作の中、ぜひおすすめしたいのが、秩父が舞台の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』、通称“あの花”です。ひとりの少女の事故死によって疎遠になった仲良しグループが、少女が幽霊となって現われたことをきっかけにそれぞれのトラウマと向き合うというお話。オープニングの旧秩父橋、仲間たちがかくれんぼをして遊ぶ定林寺、号泣必至のクライマックスとなった花火打ち上げシーンの龍勢打ち上げ櫓など、秩父の名所が続々登場。ただ、本作が特筆すべきなのは、そんな風景描写だけにとどまりません。山に囲まれた盆地独特の閉塞感、東京への憧れと嫉妬、そこまで東京まで遠くないという微妙な距離感———“あの花”は、そうした埼玉県や県民自身の“リアリティ”までみごとに再現している傑作なのです!(平井万里子)