マーゴット・ロビー主演『死の谷間』映画評論家・松崎健夫トークイベント レポート

マーゴット・ロビー主演、キウェテル・イジョフォー、クリス・パイン共演の映画『死の谷間』が6月23日より公開となる。それに先だち、6月14日に東京・神楽座にてトークイベントが行われ、映画評論家の松崎健夫が登壇した。

■キャストについて
主演のマーゴット・ロビーは、最近ではアカデミー賞候補にもなった『アイ・トーニャ〜』でプロデュースをしましたが、(本作は3年ぐらい前の製作で)当時は主役級の女優ではなく、監督は青田買いのようなかたちでキャスティングしたのではないかと思います。それまでお姫様的な綺麗な役柄しか演じてこなかった彼女が、本作で強く生きる女性を演じたというのが、『アイ・トーニャ〜』で役を取りに行った彼女と重なり、預言的だなと思いました。原題にある「Zachariah」というのが“預言者”の意味なので、そういうところが面白い。原題は「Z for Zachariah」で、映画の中では説明がないのですが、「Z」は最後の人間を意味してまして、原作の方にはきちんと説明がされていますので、ご興味がある方は原作もご覧ください。「Z」というとゾンビを連想してしまうかもしれませんが(笑)。また、クリス・パインは、他の作品では良い人の役が多いですが、本作では悪意のある不穏さを持った役です。登場のシーンでは監督が意図したカットになっていて、二回観ていただきたい気持ちを込めて説明をすると、クリス・パイン演じるケイレブの周囲の木が枯れてるんです。核汚染を免れたアンの住む周囲は緑がいっぱいなのに。「死んでる木」=「彼の死」も連想させます。

■三角関係について
三角関係については、監督が言っていたのですが、(三人のうち)絶対一人は我慢しなきゃいけない状況になると。原作では、科学者の男性ジョン、宗教心の強い女性アンという、「宗教主義」と「実用主義」の戦い、「男」と「女」の対立を描いていますが、映画の中では3人目を登場させることで、単純に女性を取り合う話になっています。アンがどういう風に男をみているか、人間がどうやって人を見ているかなど、対立構造を増やしています。「男」と「女」や、「白人」と「黒人」などのより多くの対立を描いていて、たった3人の登場人物だけで原作以上に現代社会の不安をあぶりだしています。

■ディストピア作品について
ディストピア、世紀末ものと言われるものは、これまでにたくさん作られています。昔でいうと、産業革命が起こった時に、科学が進みすぎて機械に人間が使われてしまうんじゃないかという危機感がありました。原子爆弾なども発明されたりして。原作が発売された1974年でいうと、キューバ危機などがそれにあたるのではないかと。米ソ冷戦で核戦争とか起こるんじゃないかと。近い時期に公開されたキューブリックの『博士の異常な愛情』なども、社会の不安が描かれたものでした。ハリウッド映画というと、アメリカが仮想敵国を作るように、アフガンが悪い、どこどこが悪いと、そういう映画が作られていました。ただ、最近は明確にこいつが悪いという描き方ができなくなって、善悪を灰色に描くようになっています。悪い役柄の人物でもそれなりの理由があるんじゃないかという表現にしている。本作でいうと、原作では、片方が悪いという描き方をしていますが、監督は登場人物を3人にすることで、灰色の描き方をしたのではないかと。

■結末について
ラストについても原作では明確ですが、映画ではぼかしています。観客にゆだねるように作っていて、どっちとも取れるし、観客はどっちに捉えてもいいけど、作り手はこっち側に感じて欲しいと思っているのではないかと思う。原作と映画で40年ほどの開きがあるんですが、社会が変わった部分もあるけど、変わってない部分もあります。監督は前作『コンプライアンス〜』でも、ミニマムな人物しか登場させていなくて、共通点をみると、人はどうやって信用をするのか?と説いている気がします。原作を読むと、監督の意図がより見えてくると思います。また、議論になる結末というのは、監督の罠にひっかかっているということです(笑)。どう捉えるかは人それぞれでいいと思うけど、監督はこういう結論だったんじゃないかと想像するのも、楽しいと思います。

■最後に一言
タルコフスキーの『ストーカー』のオマージュとして撮っているシーンや、風景に登場人物のような効果をもたせているシーンなどもいくつかありますので、もう一度そのあたりも気にしながら観ていただくと面白いと思います。

『死の谷間』
6月23日(土)、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:クレイグ・ゾベル
原作:ロバート・C・オブライエン「死の影の谷間」(評論社刊)
製作:トビー・マグワイア
出演:マーゴット・ロビー キウェテル・イジョフォー クリス・パイン
配給:ハーク

【ストーリー】 地球規模の核汚染によって壊滅した世界に、唯一死の灰を免れた奇跡の谷(=第2のエデン)があった。緑豊かなその谷で、地球上に残された一人の女が、かつて家族と暮らした農場で、揺るぎない信仰心に支えられ長すぎる孤独の中で生きていた。ある日、安全な場所を求めて放浪していた科学者ジョンに遭遇する。人種も考え方も異なる二人だったが、互いに支え合いながら生活していくうちに、慎み深くも濃密な関係が芽生える。しかし、もう一人の生存者である美しい若者ケイレブが現れたことで、彼らの生活は一変する…。

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