美術家・会田誠「俺が作ったのかと思うくらいの業界への嫌味」『ザ・スクエア 思いやりの聖域』トークショー レポート

第70回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝き、本年度アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が4月28日より公開中。本作の公開を記念し、4月28日にヒューマントラストシネマ有楽町にてトークショーが行われ、美術家の会田誠が登壇した。

公開初日の初回という記念すべき上映が終了した満席の場内は、美術家の会田誠が登壇すると大きな拍手で包まれた。「これはそう分かりやすい映画ではないし、ラストはお客さんそれぞれに解釈を委ねるタイプの映画。だから、終わった後に僕がのこのこ出てきてそれを“解説”……ということはできないので、雑談、ということにしようと思います」と謙遜しつつ挨拶をし、笑いを誘った。会田はトーク前の上映を鑑賞しており、「今2回目を観たのですが、改めて、この監督はなかなかすごい人だと思い圧倒されましたね。まず、人間の心理のダークで嫌な面をよく観察している。美術の世界に“いるいる”という人が出てくるし、美術に限らず、“よくいるな”と思わされるタイプの人間が登場しますね。登場人物同士のコミュニケーションがスムーズに進むことがなくて、ほぼ全てのシーンで、人間のイヤ~な面がにじみ出るような具合になっている。人間への観察眼が本当に長けています」とリューベン・オストルンド監督の鋭さを絶賛した。

初見時には、Twitterで「俺が作ったのかと思った」ともツイートした会田さん。それについて問われると、「自分が現代美術をやっているので、軽い言い方ですが、いわゆる“あるある”みたいなところに反応したんです。僕が作ったのかと思ったぜ、なんて思わず偉そうに言っちゃったのは、現代美術業界に対する疑いとかイヤミとかが、深いものから軽いものまで含まれていますね。例えば、映画で、展覧会オープンの前日に美術館の関係者がクラブミュージックをかけて踊っているシーンがあるじゃないですか。普通、ああいうのは若くてスリムな人たち向けの曲だろうけど、映画ではよく見るとすごく年のいった女性や腹の出たおじさんとかがいて。あれは、美術界あるあるですね」と意外なポイントを指摘し、再び場内の笑いを誘った。

続いて話は、現在世界規模で大きな変革の波を起こしている#metoo運動の流れから起こった、ある日本人アーティストのハラスメントの問題へと移った。「最近、アラーキー(※写真家の荒木経惟)が元モデルに訴えられて……いや、ネット上で心理的に訴えられて、と言う方がいいのかな、そういう話がありましたけど、僕は『ザ・スクエア 思いやりの聖域』を思い出したんです。現代美術には、妙な偽善性や二重性がある。アラーキーは、かつて娼婦のイメージをモデルに投影して、70年代あたりには三流エロ雑誌に写真を載せていたわけじゃないですか。アートというお高い場所からしたら、それは下層な文化だったわけです。ただ、“そういうものこそが人間の本質を引き出している!”という文脈で、現代美術がアラーキーを引っ張り出した。映画でも、猿の真似をするパフォーマンス・アーティストがパーティに登場したら本物みたいな暴れ方をしちゃうという場面がありましたね。演技なのか本物なのかが分からない。それを私たちは笑っている、という構図なわけです。そんな現代美術を支えているのは、ヨーロッパでは基本的に、経済的に豊かなおじいさんやおばあさんたちが作っている理事会。アメリカでもニューヨークやサンフランシスコはそうですね。そういう、経済格差によって支えられている現代美術というジャンルが、“弱者に手を差し伸べる”みたいな人間性をうたった内容の作品を作っていたりする。この監督はそういう現代美術の世界の現実を、イヤミたっぷりに、黒い笑いで描いていますよね」と指摘した。

ここで、劇中に登場するアート作品「ザ・スクエア」は、映画制作前に監督自身が実際に友人と作成し、公共空間に展示した実在の作品であり、監督は主人公・クリスティアンに自己を投影していると司会から伝えられると、会田さんは「そうか、じゃあ監督は美術界の内部の人でもあるわけですね」と呟き、「納得しました。この映画は、なかなか現代美術のことを分かってらっしゃると思ったんです」と感嘆。そして、展示作品としての「ザ・スクエア」をさらに掘り下げていった。「Twitterで、“ザ・スクエア”はSEA(ソーシャル・エンゲージド・アート)だと書きました。SEAは、明確な定義はないですが、美術館やギャラリーといった美術の制度から外に出て、社会に関わる――つまりエンゲージドして、社会を変革することを目指すアートのことです。今一番新しいアートの形態ですね。“ザ・スクエア”は美術館の敷地内に展示されているから違うかもしれませんが、監督は“ザ・スクエア”を実際に公共の場に展示していたと今聞いたので、それはSEAといっていいと思います。それで、SEAというのは、NPOと何が違うの?みたいなことが多いんですよ(笑)。もし『ザ・スクエア 思いやりの聖域』のパート2があったら、そっちにフォーカスした展開も想像できるけど……地味そうだな(笑)」と、監督さえもまだ構想していないであろう『ザ・スクエア2』について思いをめぐらせ、「2があったら、クリスティアンはアーティストになっている気もしますね」と楽しそうに語っていた。

敏腕キュレーターである本作の主人公のクリスティアンは、広告代理店に制作を委託した展示会のPR動画が大炎上したことで窮地に陥っていく。会田さんは、炎上の当事者となったことがあるアーティストとしてその点についても言及した。「クリスティアンが炎上していく過程には、心がゾワゾワしましたね。僕も2、3件ほど、身に覚えがありますし」と語りつつも、「ただ、シチュエーションはむしろ真逆です」と続けた。「『ザ・スクエア 思いやりの聖域』の展覧会はマジメだし、善意に満ちている。それだと宣伝力がないから表面のところはエグくやろうという戦略。僕の作品は、世間に見せるという予定もない学生の頃から既にエグかった。だから展覧会をやる時には、広告の段階ではそれを抑えて、隠していく。それで“あー、やっぱり炎上しちゃったか”という逆のパターンなんです。デビューしてからは、問題提起を起こすような作品は意図的に作っていますけどね。だから、劇中に登場する広告代理店の二人に近い態度もあるかもしれません」と自身のスタンスを話した。このようにインターネットでは瞬時に情報が拡散、炎上し、そして消費されていくが、1人のアーティストとしてそうした社会の傾向とどう付き合っていくかという質問については、「僕はTwitterしかやらないですが、Twitterとは相性が良くて、割とやっていますね」とTwitterへの愛を披露。「自分のアート活動とも切り離せないというか、リンクしてやっているつもりでもあるし、よく分からないけど何となく僕を見てくださっているという方もいる。とりあえず何かを書いて反応が来るのを待つ、というのは、展覧会をやることとどこか似てもいます。でも、ネットとの付き合い方はアーティストそれぞれだと思います。Twitterはすぐに悪意が渦巻く。アーティストは心が優しい人が多くて、だから耐えられなくてやめていく人が多い」。そして、2度目の鑑賞で本作の完成度の高さに再び圧倒された会田さんは「『ザ・スクエア 思いやりの聖域』も悪意に満ち溢れているけど、僕はやっぱりこの悪意が好きですね」といっそう深まった本作への想いを訴えて、トークは幕を閉じた。

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
4月28日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ他全国順次公開中
監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング エリザベス・モス ドミニク・ウェスト テリー・ノタリー
配給:トランスフォーマー

【ストーリー】 クリスティアンは現代美術館のキュレーター。洗練されたファッションに身を包み、バツイチだが2人の愛すべき娘を持ち、そのキャリアは順風満帆のように見えた。彼は次の展覧会で「ザ・スクエア」という地面に正方形を描いた作品を展示とすると発表する。その中では「すべての人が公平に扱われる」という「思いやりの聖域」をテーマにした参加型アートで、現代社会に蔓延るエゴイズムや貧富の格差に一石を投じる狙いがあった。だが、ある日、携帯と財布を盗まれたことに対して彼がとった行動は、同僚や友人、果ては子供たちをも裏切るものだった―。

© 2017 Plattform Produktion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS