ドラえもんがのび太に見せる冷ややかな目線は、まるでイネスがトニ・エルドマンを見ている時のよう!? 『ありがとう、トニ・エルドマン』公開直前トークイベント

マーレン・アデ監督最新作『ありがとう、トニ・エルドマン』が6月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。本作の公開直前、6月18日(日)に佐々木敦さん(批評家)と山崎まどかさん(コラムニスト・翻訳家)によるトークイベントが行なわれた。

互いに思い合っているにも関わらず、今ひとつ噛み合わない父と娘の普遍的な関係を、温かさとクールな視点をあわせ持った絶妙のユーモアで描いた本作。冗談好きの父・ヴィンフリートと、故郷を離れ外国で仕事をする娘・イネス。仕事一筋で笑顔を忘れかけている娘を心配し、父は、出っ歯の入れ歯とカツラを装着し<トニ・エルドマン>という別人になって、神出鬼没に娘のもとに現れる…。

↑山崎まどかさん
↑山崎まどかさん

本作について、どこに興味を持ったのかという話から始まったトークイベント。山崎さんは本作を観るまでにたくさんの壁があったという。「まず、カンヌがそんなに好きではない。そしてやっぱり162分という時間はやっぱり長いなぁと考えてしまいました。あと、もしこれが日本映画だとして西田敏行、江角マキコ主演とかだったら走って逃げるとこだった(笑)。あと個人的にはコメディ映画は85分まで、と思っていてその長さを超えるとやっぱり間延びした感じや面白さが半減する気がして…。その時間の倍あるコメディとは何なのか、と。だから観る前にたくさんの障壁があったんです。でも、世界的に評価が高い理由についてどうしてなのか気になって見たら、もう時間なんて全く感じさせない、3時間でも4時間でも観ていられると思いましたね」と話す山崎さん。それに対して佐々木さんは「この映画は不思議な時間の感じさせかたをする映画。一言で説明をすると、悪ふざけが好きな父が、出来る娘の邪魔をするっていう…それだけなんだよね。でもそれだけだとやっぱりわかり辛い。どうやってこの長さで、そのお話を進めるのかは体感しないと分からない部分が多いと思う」と、162分という長さの必要性について語った。では、長さも含め、この映画は何がポイントになってくるのだろうか?

↑佐々木敦さん
↑佐々木敦さん

「監督は元々プロデューサー業をやっていてポルトガルの監督ミゲル・ゴメズの『熱波』やドイツに限らずヨーロッパ圏の映画に携わっている。それもあってかヨーロッパの現状の描き方がとてもさりげなくて上手い。この作品はドイツ映画ですけど、ほとんど舞台はルーマニアのブカレストなんですよね」と本作の監督マーレン・アデについて説明する佐々木さん、ご自身もドイツには度々仕事で訪れることがあると話し「ドイツという国は独特なテンポがある。他国の笑いとは少しトーンが違うんですよね」と自身の体験を語る。それについて山崎さんは「そうですよね、独特で、オフビート感っていうのともまた違うんですよね」とこの映画の持つ独特な雰囲気について意見を交わしていた。

映画の冒頭について「この映画はファーストシーンから人を不安にさせるんですよ(笑)宅配のお兄さんがやって来て、中から中年の男性が出てきたと思ったら、その人が兄弟を呼びにいく振りをして、バレバレの変装をして再度現れる。その時に自分を<トニ>と言うんだけれど、その<トニ>について、それが誰なのかがだいぶあとにならないと分からないんですよね」と話す山崎さん。「どうしてあの変装をするのか、それは後になって意味が分かってくる。観客を置いてけぼりにすることはなくて、「これは一体何なんだろう?」という疑問を抱いているうちに映画の中にのめり込ませてしまうんですよね」。そして佐々木さんはまた別のシーンから説明のない演出について解説「舞台であるブカレストはEU諸国のどこよりも労働力が安いのだろうと思う。イネスの住む家から一歩外に出れば、さりげなくルーマニアの現状が映し出されるんですよ、押しつけがましくない感じで。だから父と娘の話ではあるけれども、決してそれだけの話じゃなくて、その2 人に関係する場所は人の描写も精密に練られているんです」。

イネス役のザンドラ・ヒュラーを佐々木さん、山崎さんともに大絶賛!山崎さんは「彼女は本当にすごい演技をするんですよ!アクションじゃなくて、リアクションの演技、堅物感がすごく出ているんです!いきなり自分の職場に現れるたり、悪ふざけをしたりする父を“受け入れてると言いますが、諦めているといいますか、呆れてるといいますか”、そのなんとも言えないイネスの目線も面白くて!ふざけたことをしている父と、何となくそれを受け入れてしまっている周囲の人たちに対して「みんなちょっと考えてよ!こんな人がいるわけないじゃない!」と目が語ってる。父に対しても「空気読め!」と思っているけど、それを父は読まなくて、それに対するイネスの態度ひとつひとつが面白いんですよ」と劇中の演技を興奮気味に語った。佐々木さんも「ドラえもんってたまにすごく冷たい目をのび太君に向けるじゃないですか。のび太君の自滅をただ見守っている時がある。イネスもそんな感じで父や<トニ・エルドマン>のだだ滑りのギャグを無視しまくる、黙殺芸みたいにも見えてくる」とこちらも大絶賛。そこから、話は主演2人のキャラクターの造形に話が映り「娘は父の行動が全く理解できない、一方で父は働きづめで幸せそうに見えないのに、それでも頑張ろうとする娘が理解できない。そこには戦後の時代に生まれた父と、グローバル化された社会の中で生きる娘の世代間のギャップが見え隠れしているんですよ」と今の日本にも通じる時代背景についても語った。

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「最近の映画は特に、語りたいメッセージ性を強く出し過ぎている作品が多いような気がします。社会派な映画だと特に。去年『ありがとう、トニ・エルドマン』が大絶賛されたカンヌでは、ケン・ローチ監督の『私はダニエル・ブレイク』がパルムドールを獲りましたね。あの作品もすごく良かった。ただ、下馬評や現地での絶大な人気に対して『ありがとう、トニ・エルドマン』が何も取らなかったことについての不満もあがったそうで「カンヌは金を鉛に変えた」とも言われたそうです。そこまで人気だったどうして、と考えると最近の映画界の傾向はメッセージ性がわかりやすくないと受け入れてもらえないのかな、と思ってしまいますよね」と映画界を巡る現状について山崎さんが解説した。佐々木さんは「『ありがとう、トニ・エルドマン』にもメッセージはもちろんある。けれどもそれを分かりやすく表立って出すのではなく、映画を観終わってからジワジワと感じさせるということが、この映画のすごいところ」と、業界に生まれた新星の社会的評価とは異なる、本当の意味で評価されたポイントについて語った。

『ありがとう、トニ・エルドマン』を公開時に観たジャック・ニコルソンが本作のリメイクを熱望、自身を主演に据えてハリウッドリメイクも決定している。「監督はまだ決まっていないんですよね。主演はジャック・ニコルソンで、娘役クリステン・ウィグというところまでは決まってる。クリステン・ウィグって知ってますか?最近だと『ゴーストバスターズ』の主演を務めたり、『ブライズメイズ』にも出てます。今脂がのっている役者さんで、彼女はとても合っていると思う」と解説する山崎さん。それ以外のキャストについて「主演はジャック・ニコルソンじゃなくて、ビル・マーレイなんて話も合ったみたいで、私はビル・マーレイの方が個人的には父親役に似合うんじゃないかと思いますけど、ハリウッドのお金事情が色々絡んだんでしょう…(笑)。その他のキャストはアンカ役はケイト・ミクッチで、上司はウィル・アーネットがいい!」と既に頭の中にあるキャスティング予想を披露してくれた。

イベントの最後に佐々木さんは「色々喋りましたが…とどのつまりは面白んで、純粋に見て欲しい。観終わったら“愛は不毛じゃない”ってキャッチコピーにぐっくるはず」と語った。山崎さんも「観れば、この映画の邦題に“ありがとう”が名付けられた意味が分かると思います」と今日の参加者に話かけた。

【イベント概要】
日時:6月18日(日)15:00~16:30
会場:池袋コミュニティカレッジ(豊島区南池袋1-28-1 西武池袋本店別館8 階)
登壇:佐々木敦さん(批評家)、山崎まどかさん(コラムニスト・翻訳家)

『ありがとう、トニ・エルドマン』
2017年6月24日(土)シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督:マーレン・アデ
出演:ペーター・ジモニシェック ザンドラ・ヒュラー 
配給:ビターズ・エンド

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