【大げんか!】コッポラが明かす『ゴッドファーザー』製作時のスタジオとの対立

gettyimages-152216249_custom-f5763ffd4816aec3fa6ecc3406b89e4a24c89098-s800-c85

NPA

『ゴッドファーザー』のメイキングブック「The Godfather Notebook」を米国で発売したフランシス・フォード・コッポラ監督が、米ラジオNPAのインタビューで、その製作時を振り返り、「今までで一番恐ろしくて気の滅入る経験だったよ」「力はなかったけど、こうすべきだという明確な意見は持っていた」と語っている。

29歳の時に『ゴッドファーザー』を監督することになったコッポラは、スタジオに対して自分のやり方でやらせてもらいたいと訴えた。彼は製作の準備を始め、それぞれのシーンのアイデアと、犯してはならない過ちをノートにまとめた。そのノートには映画の原作となったマリオ・プーゾの小説のページもあり、余白にはコッポラのメモ書きがあった。それらは「The Godfather Notebook」に収められている。

gfn_p85_custom-588ba1d32cf47452118fc447d3cc5d4782a308fb-s300-c85

以下はインタビューの一部である。

クレメンザがトマトソースを作るシーンでの、マリオ・プーゾ(原作・脚本)の指摘について
「私は台詞で『まずソーセージをbrownし(きつね色になるまで炒め)、それから…』と言わせた。マリオからの脚本に関するメモには『フランシス、ギャングはbrownしない。こんがり炒める(fry)んだ』と書いてあった。つまり、それがマリオという人なんだ。彼はいつも間違いを正してくる。でもその通りで、ギャングは決してbrownという言葉を使わないんだ」

作品の時代背景で、スタジオとけんかしたことについて
「どのような映画にするのか、私は原作にとても忠実にしたいと考えていて、40年代が舞台になっていた。そこで最初のプロデューサーとの議論があったんだ。私は40年代じゃなきゃいけないと思っていたが、彼らは70年代にしたがった。なぜなら彼らは映画が撮影されたその時代を舞台に撮りたかったからだ。そうすれば特別な車も衣装も用意する必要がないから、お金を節約できるだろ」
「大げんかだったよ。『イタリア人がこの映画を作ったんだよ』と言いたいがために、スタジオはイタリア系アメリカ人だからという理由で、私みたいな若い監督を起用した。脚本には手を加える必要があって、私が脚本家だから無料で書き直しをさせられた。私は若くて力がなかった。だから彼らは私をいいように使えると思っていただろうし、そうしようとしていた」

スタジオが、主人公にマーロン・ブランドを望まなかったことについて
「この映画の予算はわずか250万ドルだった。わかってほしいんだが、私たちは無駄遣いができたわけじゃない。40年代を舞台にし、その時代の車を用意し、NYで撮影を行なう、これらのことですでに予算に大きな影響があった。私の人気がなかった理由はそこだよね。スタジオは私のキャスティングも気に入らなかった。彼らはアル・パチーノがマイケル役を演じるのを嫌がったし、マーロン・ブランドがゴッドファーザー役を演じるのも嫌がった。私はパラマウントの社長から無条件に、『フランシス、私はパラマウントの社長として、今ここではっきりと伝えておく。マーロン・ブランドはこの映画には出演しないし、もう二度とこの話を持ち出すことも許さない』」
「彼に『二度とこの話はしない』と言われ、私はカーペットの上に崩れ落ちたふりをし、そして言った。『議論もしてはいけないと言われてどうすればいいんですか? 私が必要だと思うキャスティングができなくて、しかもその話もできなくて、どうやって私が監督だと言えるんですか?』とね」
「彼らは『わかった。このようにしよう。(1)もし彼がタダで出演するなら (2)もし彼がスクリーンテストを受けるなら (3)もし彼が映画の予算を超過させるような行ないをした場合、100万ドル支払うという契約を結ぶなら それでよければそうしよう』と言った。だから私は『わかった、そうしよう』と答えたんだ」