【全起こし】『沈黙-サイレンス-』記者会見にマーティン・スコセッシ監督、窪塚洋介、浅野忠信が登壇!

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左から窪塚洋介、マーティン・スコセッシ監督、浅野忠信

MC:お待たせいたしました。『沈黙-サイレンス-』記者会見を行なっていきます。それではお迎えしたいと思います。盛大な拍手でお迎えください。マーティン・スコセッシ監督、窪塚洋介さん、浅野忠信さんです。

(会場拍手)

MC:どうぞよろしくお願い致します。それでは、まず来日されたマーティン・スコセッシ監督から皆様にご挨拶をお願いできますでしょうか。

スコセッシ:今回は日本に来られて大変嬉しく思います。キャストのおふたりと再会できて大変嬉しいです。そしてこうやって『沈黙-サイレンス-』という作品を携えてこちらにやって来られたことを大変嬉しく思います。

なにせ27年間、この作品について考え続けてきました。そして遠藤周作さんの作品は、私はすごく愛読しております。日本の文化にも多大なる影響を受けておりまして、私が最初に日本の文化に触れたのは、実は映画で、アメリカの自宅でテレビを観ている時だったのですが、その時に溝口健二の『雨月物語』が放映されていました。その時、私は14歳でした。

私はもともとカトリックの家庭で育ったものですから、遠藤周作さんの作品にも興味を持ち続けてまいりまして、今回の作品を撮るひとつのモチベーションにもなりました。

そして中でも意識しているひとつのテーマは、文化の違いであったり、文化の衝突であったりします。

ということで、この映画については語っても語っても語りつくせないほど言いたいことがたくさんあるのですが、その前に皆さんには作品をご覧いただかないといけないですね(笑)。

MC:どうもありがとうございました。では続きましてキャストの方からご挨拶いただきたいと思います。窪塚洋介さんです。お願い致します。

窪塚:お忙しい中、集まっていただきありがとうございます。初めに話をいただいたというか、オーディションだったんですけど、この役が決まったと言われた時は、まさに狐につままれたというか、本当に「ドッキリ」なんじゃないかなって思いまして、撮影を終えて今日ここに来てやっと「あっ、本当の現実なのかも」っていう感じになってきました。夢のような時間と最高の経験をさせてもらった作品なので、まだ観られてないんですけど、本当に心待ちにしています。僕自身が。皆さんにも楽しんでいただけたら、というような類の映画ではないかもしれないですけど、何か心に残るものができたらいいなと思っています。本当に光栄です。ありがとうございます。

(会場拍手)

MC:どうもありがとうございました。続きまして浅野忠信さんです。

浅野:皆さん今日はありがとうございます。僕も窪塚さんがおっしゃっていたように、本当にびっくりしまして。自分がこの仕事をいただけたことがとても嬉しいですし、オーディションを受けてこの役をつかんだ時に、チャンスが自分のとこに来たんだなって。これは本当に大きな大きなチャレンジでしたから、とても嬉しく思いました。

オーディションやっている時に、監督に初めて出会ったんですけど、その時にとっても面白かったんですね。それはもうひとつの作品を撮るぐらいに一日のオーディションの時間が面白くて。何がそんなに面白かったのかなあ?と思ったら、やっぱりお互いに心で感じるような瞬間があったような気がしたんですね。それは撮影の間もずっとそうでしたし、監督が僕らから溢れる、心から出る何か、そういう瞬間を常に待っていてくれていたように思えましたし、そういう長い時間を共有できたっていうのが僕にとってはとても大きな宝になっています。本当に皆さん、楽しみにしていてください。よろしくお願い致します。

(会場拍手)

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MC:どうもありがとうございました。では、皆さまどうぞお座りください。改めましてマーティン・スコセッシさん、ようこそ日本にお越しいただきました。

(会場拍手)

MC:ありがとうございます。ちょっと席を移動していただきます(監督が通訳さん近くに移動。窪塚さんと席を入れ替わる)。すいません、ありがとうございます。

落ち着いたところで私からひとつだけ、代表質問をさせていただきます。先ほどスコセッシ監督がいろいろとこの『沈黙-サイレンス-』の出会いのお話しもしていただいたんですけど、描きたかった点も言っていただいたんですが、改めてこの原作を映画化に至るまで、どういった経緯で映画化が実現したのかというお話を、少し深くしていただけるとありがたいんですが。

スコセッシ:最初に私は、この本を読んだというか手渡されたのが1988年のことでした。その当時、ちょうどこれもまたキリスト教に絡んでくる『最後の誘惑』という作品を撮っている時だったのですが、つまり宗教というのは私の人生を色濃く色づけてきたものなのであります。

そして度々、アンダーグラウンドの世界の裏社会を描いてきているわけですが、それでもさらにいろんなテーマを深堀していかなければならないと思っていました。それは言葉ではなんとも表現できないようなそういう領域に到達しなければならないと思いました。それは信ずることとは何なのかというテーマです。

実はこの本を完読したのが、ちょうど日本に滞在している時でした。黒澤明監督の『夢』に出演させていただいているのですが、その撮影の最中でした。この本を読み終わった時に、精神世界を追究する上で大事な材料になるかもしれないという風に感じました。しかし、一体どのようにこのテーマをアプローチしていったらいいのか分かりませんでした。ということで数年後から脚本の執筆が始まったわけですが、ようやく2006年に脚本の執筆が終わりました。うまくいったかどうかは、私としてもなんとも言えませんが、この本の表現しようとしていることをどう伝えるかというのがテーマでした。ですがなにせ20年という歳月を経ていますのでその間、父になり、夫になり、そして映画のフィルムの修復活動、保存活動などを通じて私自身も成長を遂げましたし、この小説と共に成長を遂げたと思っています。そういう思いがあってやっと今回作るにあたりました。

ということで、このストーリーをどのように物語っていくのか、どのように映像化するのか、どういうメッセージをどのように伝えるのか、ということをあれこれ考える長い年月が経たわけですが、その間に小説に対する権利関係がいろいろと複雑になってしまいまして、私たちの書いている脚本を気に入らなかったわけではないのですが、権利関係に問題が出てきた。その間マネージャーからも、これはちょっと手を付けない方がいいんじゃないかと言われたりしましたが、ようやく何人かの助けがあって、映画化にこぎつけることができました。

MC:どうもありがとうございました。さあ、今日は記者の方がたくさん来ておりますので、これから質疑応答を行ないたいと思います。ご質問のある方は手を上げていただけますか。お願いします。

Q:監督にお伺いしたいのですが、おふたりのキャステイング理由と、それぞれのキャラクターにどうようなオーダーをしたのですか?

スコセッシ:おふたりにお会いしたのが2009年でちょっと前になるのですが、この舞台となる長崎のロケハンといいますか、ゆくゆくは街を複製しなければならないということで、ロケハンをしに訪れていた時にふたりに会いました。

オーディションの時にキャストのほとんどは決めたのですが、キチジロー役と通詞役はまだ決まっていませんでした。そこで製作延期となってしまいました。そのあと、また企画が走り出して、止まったり走り出したりを繰り返していったわけですけど、その間に窪塚さんがキチジローを演じているビデオを拝見しました。

キチジロー役というのは特別な役でして、小説の中でも非常に特徴があるんですね。そのキチジローの描写に新鮮な解釈を与えたいということで、いろいろ考えていたところ、キャスティング・ディレクターのエレン・ルイスに「この人のビデオ見てください」と言われました。それでビデオを拝見したわけですが、窪塚さんは非常に力強く演じているだけでなく、心から正直に演じており、役を心底理解している感じがしました。まるで目の前でキチジロー役がどんどん創られていくような光景を見ていたような感じでした。

その後、2014年に東京へ戻ってまいりまして、その時実際に初めて窪塚さんにお会いしたわけですが、もうその頃には本当に役になりきっていてホテルでキチジロー役の芝居をしてくれました。その時エレンに、この人に決めようと言いました。

実は浅野さんもこのキチジロー役のオーディションを受けていたわけですが、彼の過去のいろいろな作品がありますが、『モンゴル』だとか『アカルイミライ』だとか『殺し屋1』だとか、「エレンどうだい、この人を通訳役にしたらどうなのか」と提案しました。それでお願いしたら、もうパーフェクトでした。

ということで大変な撮影がふたりを待ち構えていたわけですが、そういう環境の中でもきちんと役を演じきってくれるこのふたりならという確信がありました。

もちろん私は日本語がしゃべれないわけですが、浅野さんもおっしゃっていたように、言葉にしてなくても何か通じ合う目くばせとか仕草とかでなんとなく通じ合うものを感じました。その他にも日本人キャストでイッセー尾形さん、塚本晋也さんもともに2009年にお会いしました。私は塚本晋也さんの映画の大ファンでして、このような素晴らしい面々を集めることができたわけですが、非常に彼らを頼り切っていました。

映画の話に戻りますが、私の映画のバックグラウンドというか礎となったのが、もちろん言語の問題もありますからアメリカ映画、イギリス映画なわけですが、それ以外にはイタリアのネオリアリズムの映画だったりするわけですが、初めて異文化というか、違う世界に触れたのが日本映画、そしてそれが『雨月物語』だったわけです。

1958年以来ずっと多数の日本映画を観て、親しんできているわけですので、日本のドラマに出てくるさまざまな顔も僕にとっては馴染みの顔になっていきました。例えば今回出演していただいているイッセー尾形さんが主演した(アレクサンドル・)ソクーロフの『太陽』という作品を拝見しましたし、塚本晋也さんは映画監督ですけど俳優としても尊敬しております。窪塚さんだけはほかの作品を拝見していなかったのですが、オーディションが余りにも素晴らしかったので即決したわけですが。そうやって私の家族のような人たちを集めたわけですね。例えば黒澤明監督の『生きる』に出ていた志村喬さんとかはずっと昔から観ているわけですから、私にとっては馴染みの顔なわけです。ちょっとしゃべりすぎたかな(笑)。

MC:ありがとうございます(笑)。すごい深い話をありがとうございます。続きまして質問のある方。

Q:窪塚さんと浅野さんにお伺いしたいのですが、マーティン・スコセッシ監督の演出というのは、これまで経験した監督とどんな違いがあったのか。その演出によってどのように役にアプローチできたのかを具体的に教えていただけないでしょうか。

窪塚:なにぶん、ハリウッド作品に初めて呼んでいただいたもので、ほかと比べるものがないので、どう言ったものかなとは思いますけど、僕が一番覚えているのがクランクインした日に、(監督が)すごくきれいなスーツを着てらして、汚い酒場の階段の下の薄汚れたところで撮影だったんですけど、その時にそのスーツのまんま(地べたに座って)「こんな感じで」ってされているのを見て、「あ、スーツが汚れちゃう!」って俺は思ったんですけど、関係ないんだなあと思って。もちろん同じスーツをたくさん持っていてとか、そういう話じゃないんですけど。その時に、何か情熱の氷山の一角というか、こんなに情熱を持って今もやられているなんて言ったら失礼ですけど、メラメラな人なんだなと思いました。

スコセッシ:ありがとうございます。

浅野:僕は、監督と一緒にオーディションをしていて、緊張していたんですけど、2回、3回とやるうちに本当に撮影をしているかのように楽しい気分になれたんですね。だから俳優の中にある何かを常に期待してくれているというのを現場で感じましたし、あとこの作品を我々はフィルムで撮ったわけですけれども、それがとっても僕にとっては嬉しかったですし、監督にとっても重要なことだったんだなあと思いました。フィルムの中で僕も若い頃からたくさん演技をさせてもらって、その中でしか見えない何かっていうのが常にたくさんの監督たちから教えられてきて、今回も監督とフィルムでこの役を演じさせてもらったっていうのが大きなひとつの演出にもなっていたのかなと思いますね。

Q:監督は今もキリスト教を信じていますか?

スコセッシ:(会場が逆光で)ここからだとお顔が拝見できないので、まるで天国からの声に聞こえますが(笑)。今回、映画を撮影していく中でも、さまざまなロケ地を巡ったわけですけど、山の中にもいたわけですが、これが一種のキリスト教への巡礼のような体験になりました。それでもやはり信じるということは、今でも劇中のロドリゴやフェレイラのように試練と感じる時もありますし、やっぱり自ら享受できるものではないと思っています。やっぱり自らが欲して勝ち取らなければならないものだと思っています。

人は日々考えたり、書いたり、映画を作ったりして人間とはなんなのか、人間とは良いものなのか、悪しき存在なのか、そういうことを考えたりしていくわけですが、その過程が信ずるとは何なのかというものを探る過程なんだと思います。特にこのストーリーが私の心をつかんでやまないのは、異文化の衝突を描いているからです。信ずるという信仰を心底分かるためにはありとあらゆる衝撃を通過しなければならないのです。そしてこの物語において、やはり異文化の中にキリスト教を持ち込むわけですから、少しずつ削っていかなければならないわけです。そして削っていく中で、その神髄に至るというか、そういう過程だと思っています。

といっても、かいつまんで言うとそういうことで、本当はもっと複雑な物語です。その物語に出てくるキチジローですが、これは我々皆を代表しているキャラクターだと思いますし、浅野さんが演じられる通詞役は非常にロジックの塊なんですね。例えば踏み絵を踏む時には儀式に過ぎないんだからっていうあたりとか、彼には彼なりの心情があるっていうのが良く分かる役だと思います。

Q:窪塚さんと浅野さんにお伺いしたいのですが、原作小説をお読みになったと思うんですけど、50年の間にこの小説が読み継がれている理由について思うことがあれば教えてください。

窪塚:恥ずかしながら、僕はこの作品の話をもらうまで遠藤周作さんのことも、この作品のことも存じてなかったです。改めてこの作品をやることになってから、原作を読んで撮影に臨んで今に至るんですけど、今、監督がおっしゃってくれたように、キチジローっていう役が、普通に皆の代表というか、笑って泣いて怒ってすねてみたり、裏切ってみたり、信じてみたり、すごく人間臭い役でいろんな感情を表現する役をやれて本当に楽しかったなと思うんですけど、なんかそういうこともひっくるめて監督のスタンスであったり、遠藤周作さんという人の書いた作品のスタンスもそうだと思うんですけど、信頼してくれていると思うんですよ。人を、僕らを、読み手を信じる。ということをすごくしている作家さんなのかなあと思って。答えを押し付けてくるわけでもなく、問いかけるような。美しく見える、汚く見える、強く見える、弱く見える、君にはどう見える?というような。俺にはこう見えるけど、君にはそう見えないかもしれないけど、っていうようなことまで懐の深い作品だなという風に思えたので、その中で、その作品を象徴するような役をやらせていただいて、本当に光栄です。以上。

浅野:僕は信じている宗教があるわけではないんですけど、亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんだったりに守ってもらっているんじゃないかって思っていますから、そういう自分が信じているものをどっかから邪魔されるというか。お前が信じているものは全く違うもんなんだよって言われるのが本当に苦しいなって思うんですね。遠藤さんもキリスト教の方だったと思うんですけど、ここまで客観的にひとつの本にして書くっていうことがすごいなと思いましたし、僕には理解できない深い深い苦しみだったりとか、信じるがゆえに生まれた喜びだったりとか、いろんなものがあったんだろうなって読んでいて思いました。とても複雑な話だと思いました。

MC:ありがとうございました。『沈黙-サイレンス-』は2017年1月21日より全国でロードショーです。

2016年10月19日 TOHOシネマズ六本木ヒルズ