【全起こし】『沈黙』記者会見、窪塚洋介「監督にメールしたけどスルーされた」、浅野忠信「アカデミー賞取れなかったら○○○」

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マーティン・スコセッシ監督が、アンドリュー・ガーフィールド主演を筆頭に、実力派の日本人キャストを揃えた映画『沈黙-サイレンス-』。本作の記者会見が、1月12日に外国特派員協会で行われ、出演者であるキチジロー役の窪塚洋介、通詞役の浅野忠信、井上筑後守役のイッセー尾形が登壇。試写会を見た外国人招待客たちからの質問に答えた。今回はその模様を全文でお届けする。(大きなネタバレにつながる部分は自粛)

MC:まずはご登壇の方たちから一言ずつご挨拶いただきましょう。

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浅野:(英語で)皆さん、こんばんは。映画の方はいかがでしたでしょうか? 私はあいにく英語ができないくせに通訳の役をやっていたわけですが(会場笑い)、今日は通訳さんが隣にいらっしゃいますので、日本語でお話をさせていただきます。(ここから日本語で)今日はありがとうございます。本当にマーティン・スコセッシ監督に出会えて僕は大きな成長をすることができたと思ってます。それと同時に監督だけじゃなく、ここにいるイッセーさん、洋介君と仕事ができて光栄に思ってますし、映画を見た時に、本当にこの2人からいっぱい学ぶことがあったので、僕はラッキーだなと、今、感じております。ありがとうございます。

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窪塚:(英語で)踏み絵マスターのキチジロー役として出演しております(会場笑い)、窪塚洋介です。(ここから日本語で)ご多分に漏れず、僕も英語が達者じゃないので、日本語で失礼します。この映画はマーティン・スコセッシ監督の作品ということで世界中の人に見ていただけるチャンスがあると思うんですけども、映画の持っている力で、少しでも良い明日が来ることを心から信じています。この映画に参加できて心から光栄に思ってますし、この出会いでドアの鍵が開いたと思ってます。そのドアをもっと開いていくにはまだまだ努力しないといけないこともあるので、これを良いきっかけにして、今子供のように夢を見ています。今日は、集まっていただいてありがとうございました。

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イッセー:こんばんは。今日はこのような素晴らしい場所に出させていただいて本当に感謝を申し上げます。台湾で撮影しているときには、こんな日が来るとは思ってもおらず、本当に撮影に集中した日々でした。マーティン・スコセッシ監督やスタッフ、共演者の皆さんにいっぱい刺激を受けて、俳優としてこれほど幸せなことはないとうい実感を受けました。今日はさまざななインタビューがあると思いますが、まあインタビューはアメリカでいっぱい受けてきたんですけど、振り返ってみると日によって言うことが違うので(会場笑い)、今日の1月12日付のイッセー尾形の発言だとご承知おきいただければ幸いでございます。

(ここから試写を見た外国人の方たちから質問を受ける)

質問者:イッセー尾形さんの声を聞いて、役の時の声と全然違うので驚きました。特に浅野さんが演じられる通詞役とイッセーさんが演じる井上役は、いわゆるいろんな資料で悪役という位置づけになっているわけですが、私自身は共感しました。お三方に質問ですが、それぞれの役柄をどのうように解釈したか、悪役といえどもそうでない部分があると思うんですがいかがでしょうか?

浅野:僕は決して悪役というつもりでは受け取ってなかったので、とても共感して通詞役を演じていました。彼はもともとクリスチャンで神を信じていたと思うし、そこから自分の中で信じられなくなった日が来て、この仕事に就いたんだと思ってます。だから、彼の中にはクリスチャンに対する奥行きがあったんだと思います。それと同時に、分かりやすい人間じゃないんだな、分かりやすいポジションに立たされている人間ではないんだなと思ったんですね。というのは、井上様がいて、ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)がいて、その間にいるタイプの人間ですから、漫才でいうボケとかツッコミとかあると思うんですけど、巧みなツッコミを持っている人なんだと自分は考えて、毎日この役を作るというか、考えていましたね。

イッセー:キャラクターをどうやって作ったかっていうのは、『沈黙』という台本の文脈からは決して外れて考えることはできないんですね。井上の言葉は全て台本に書いてあります。そしてビデオ・オーディションで選ばれたシーンがあるんですけども、それがロドリゴとの対決のシーンで、彼をなんとか棄教させようとして、彼はキリスト教を側室に置き換えて「こんな女とは暮らしたくない」とか言うセリフがあるんですけど、井上というのは、神、あるいはキリスト、信仰、そういったものが天空的なものだとすれば、井上は地上的なものなんですね。地上にしがみついてるんです。そこから井上という役を考えたりしました。たぶん、その地上的な中に「(井上のうわずった声で)アイムソーリー」(会場笑い)という声色も出てきたんでしょう(笑)。

窪塚:原作にもありますけど、(キチジローは)弱き者ってことで醜くてズルくて汚くて弱いっていう役なんですけど、彼があまりにも踏み絵を踏むもんで、弱いんだか強いんだかわかんないです。(会場笑い)なにか表裏一体なのかなと思っていて、僕自身のキャラクターとキチジローというキャラクターの間にあったキーワードっていうのは、「イノセントさ」ということだったのかなと。やっている最中にはうまく言葉にならなかったんですけど、今思えば「イノセントさ」というところに僕とキチジローをつなぐキーワードがあって。1月5日にアメリカに行った時に「今のアメリカ人は踏み絵を踏むと思うか?」と何人かに聞いたんですけど、ほとんどの人が「みんな踏むんじゃない?」「みんな踏むと思うよ」という答えが帰ってきたことを踏まえると、江戸時代の話ではありますけど、キチジローという役があることによって、現代の人に共感してもらえるといいなあと思っています。

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質問者:原作は読まれましたか?読まれた方は原作との共通点と相違点など気になる点はありましたか? 読んでいないのであれば、それはあえて読まなっかたのですか?

イッセー:若い頃、原作に挑戦して挫折しました。(会場笑い)それで今回、井上役ということで、井上を中心にもう一度読み直したんですが、心を惹かれるのはキチジローでしたね。あの小説で自分に一番近いのはキチジローでした。その中で、井上をイメージして、本の中だけではわからなかった井上を、スコセッシ監督は想像の限りを尽くして井上のシーンを書いていただいたんで、僕はとても自由に演じることができました。

窪塚:いちばん違うなと思ったのは、最後のシーンです。(以下コメントはネタバレになるため自粛)

浅野:まず台本を読みました。自分のシーンを何度も読んで、前後のシーンを何度も読んで、また自分のシーンを何度も読んで。それで自分の中で分からない部分を、自分で勝手に通詞だけのストーリーというのを書いて(肉付けし)、それでも納得いかない時に初めて原作を読ませていただいて。ただ読んだ時に、あまりにも自分の考えた話と原作というのは違うところにあったので、もう原作は読まないようにしようと決めて、もう一度台本に戻って、何度も自分のシーンを読んで、周りのシーンを読んでっていう繰り返しでした。

質問者:井上様を演じる上で、なにかモデルにした人物はいましたか?

イッセー:全部本に書かれてるんです。井上はキリシタンだったという説があるらしいんですね。(以下コメントはネタバレになるため自粛)

質問者:改めてこの映画の見どころをどなたかひとりに教えていただきたいのと、アカデミー賞への思いをどなたか教えてください。

(登壇者が無言で顔を見合わせて、「誰がしゃべる?」的な雰囲気に会場から笑い声が。窪塚が代表で話すことになり……)

窪塚:一番若造なんですけど、先輩2人に譲っていただきました。僭越ですが、僕が思うこの『沈黙』の見どころは、神が沈黙しているところだと思います。自分が自分自身の心に入って答えを見つけなければいけないということが大切なところだと思います。

イッセー:見どころですが、皆さんにもし答えられる人がいたら逆に聞きたいんですけど。神は沈黙したと。でもいつしゃべってたんですか?(会場笑い)僕はキリスト教に詳しくないんで、ぜひお伺いしたい。あと、日常生活とはかけ離れた世界、絵巻物語と言いますか過酷な物語です。まるで万力で締め付けられるような、そこから人間が絞り出されような、そんなものを人間と言えるのか?いや、これこそが人間だ。僕の中で答えは2つに分かれます。今も分かれたままです。それなのに見終わった後に清らかなものが心に残ってます。これは一生続くだろうという確信があります。そんな映画です。アカデミー賞に関しては浅野さんから詳しく(会場爆笑)。

浅野:えー……、そうですねえ、アカデミー賞には選ばれると思っています。もしこれで選ばれていないとすれば、神様が審査員に余計なことをしゃっべてんじゃないかと思います。(会場爆笑)

↓イッセーの無茶振りに困りながらも、会場を沸かせて安堵の表情を見せた浅野
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質問者:台湾での撮影に違和感はありましたか?

イッセー:ナッシング!まったく違和感なかったです。

浅野:僕はできれば日本で撮影してほしかったなと思いました。台湾はとても素晴らしい国ですし、スタッフの人たちもとても優しかったですし、ご飯もとても美味しかったですし、なんの申し分もなかったですし、この話自体がすごい古い時代のものなので、そういった意味では台湾で良かったですね。昔の日本がどうなのかもわかりませんが。違う世界にいるって意味ではやりやすかったんですけど、日本で日本のスタッフとやったら、もしかしたら違うものも作れたのかなあと考えたこともありましたね。

窪塚:一番最初に思い浮かぶのは小籠包です。(会場笑い)京都のスタッフと時代劇のマスターたちが、マーティン・スコセッシ監督の名のもとに集結していたんですが、昔、京都で映画を撮影した時にお会いしていた方が何人もいて。その方たちが言っていた印象に残っていることがあります。山の上に村を作ったんですけど、その村のドアがこういうドア(押して開けるドアのジェスチャーをする)だったんです。江戸時代の日本には引き戸しかなかったので、京都のスタッフが「押して開けるドアだったんだ」って、僕にすごく愚痴ってくるんです。(会場笑い)その時には、もちろん引き戸に直されていたんですけども、マーティン・スコセッシ監督は、本当に日本にも、遠藤周作さんにも、僕らにも敬意を払ってくれていたので、間違いがあればすぐに払拭してくれました。きちんと日本の事実と合うようにしてくれたので、違和感がないんだと思います。

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質問者:皆さんが当時生きていたら、この問題をどのようにとらえ、対処していくと思いますか?

イッセー:僕は江戸時代に生まれていても、俳優になっていたと思います。(会場笑い)また井上の役を演じると思います。もちろんマーティン・スコセッシ監督がいればの話ですが。

窪塚:父と母がキリスト教徒だった場合と、生まれた時に自由に宗教が選べる場合とあって簡単に答えられる質問ではないですけど、僕もやはり踏み絵マスターだったかもしれません。(会場笑い)ただ、キチジローは踏み絵を踏むけど、浅野さん(演じる通詞)が素敵なローボイスで言った「転ぶ」ことと、棄教することというのは違っていて、転んだら起き上がるから、その時キチジローはまた神を信じている、また転ぶ、また信じてる。これは遠藤周作さんが「(キチジローは)僕自身だ」と言ったということなのかなと思って。どんな宗教でも自分自身の心のなかにあることが、宗教だったり、日本では信仰っていう「ありがたい」とか「ありがたや」とか。自然と湧き上がってくる気持ちをいちばん大切にしていた役だと思うので、本当にわがままな、踏み絵も踏むけど神様も信じてるんですっていうキチジローの役が人間臭いなと思います。

浅野:もし僕自身がこの時代にいたら嫌だなあと思うし、そういうことには関わらないようにしていると思います。(会場笑い)

質問者:キチジローは本当に切支丹なんでしょうか?

窪塚:さっき「イノセントさ」が僕とキチジローをつないでいるキーワードだって言ったんですけど、撮影現場でもそういう演技をして、マーティン・スコセッシ監督から具体的にキチジローの役柄を詳しく説明されたりとかはなく、委ねてくれる方なので、委ねられながらやってたんですけど、1月5日のLAプレミアのレッドカーペットに行ってきたときに、初めて字幕のない映画を見たんです。その時に気がついたのが、もっと僕はエモーショナルにとれたカットだったりとか、もっとピュアにやれたと思ったカットは使われていなくて、より馬鹿で軽薄で汚らしくて弱くて惨めに見えるように編集してくれていたので、えーと……質問なんでしたっけ?(会場笑い)えーっと、結果、彼はとても馬鹿なので、キリスト教を理解していないと思います。彼は自分自身の中にあるものをすごく信じて、わがままな生き方をしている人間だなと思います。

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質問者:スコセッシ監督と他の監督では、演出に違いがありますか?

イッセー:スコセッシ監督は僕がやる演技をとにかく見てくれます。で、「面白かった。もっとやろうよ」と言ってくれる。「こうやりなさい」とか、「今のはやめようよ」とか、一切なかったです。否定的な言葉は一回も聞いたことはなかったです。(以下コメントはネタバレになるため自粛)監督さんはどのシーンでもそのような場を作ってくれました。

浅野:監督はオーディションの時ですら、僕のやることを楽しんでくれましたし、じっくり見てくれました。抑えつけるようなことは一切なかったので、とても自由に役を楽しむことができました。これは他の監督にはないことだなと思いました。俳優によって扱いを変えてくれる監督さんはいますけど、スコセッシ監督の場合はどの俳優さんにも平等にされていてくれたので、現場に行くのが毎日楽しかったですし、アンドリューがロドリゴ役になりきっているから、台本に書かれていること以上のことをやるんです。檻から突然逃げ出したりとかして、僕も予想外でしたけど、自然にそのシチュエーションの中に入れていたので、アンドリュー(ロドリゴ)を追っかけまわしたりして、とても楽しかったです。

窪塚:監督は現場では王様みたいなんですけど、その王様がいてくれているだけで、演技がしやすくなるんです。いてくれてるだけで演出になっているというか。自分の姿が2倍にも3倍にも見える鏡みたいな。自分が素晴らしい役者になったような気分にさせてくれる監督さんでした。そんな監督に「NYに来たら家においでよ」と2回も言っていただいて、この前初めてNY行った時にマネージャーにメールしたんですけど、それはスルーされました(会場大爆笑)。

映画『沈黙-サイレンス-』は、2017年1月21日(土)より全国公開。

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